3: DNAポリメラーゼ(DNA Polymerase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
PCRに用いられるサーマス・アクアチカス(Thermus aquaticus)のDNAポリメラーゼ(PDB:1tau)

生命の神秘

DNAポリメラーゼ(DNA polymerase、DNA合成酵素)は生命過程において中心的な役割を果たす分子で、私たちの遺伝子情報を複製する重大な責務を担っている。DNAポリメラーゼは細胞分裂の度にDNAを全て複製し、2つの複製品を1つずつ娘細胞に渡す。このようにして遺伝情報が世代から世代へと受け渡される。私たちがDNAを受け継ぐことにより、私たちが持つ各細胞から、何兆世代にも遡った祖先である地球最初の原始細胞までに至る生命の連鎖を生み出している。私たちのDNAに含まれている情報は、何千年にも渡って修正され改良されてきた私たちのもっとも貴重な財産であり、誕生の際に両親から与えられて子供へと受け渡されていくものである。

驚くべき精度

DNAポリメラーゼはもっとも正確な酵素であり、毎回正確にDNAを複製する。その誤りを犯す割合は10億回に1回よりも少ないが、これは現代社会で扱われている情報の精度よりはるかに優れたものである。例えば、千冊もの小説からたった1個の誤りを見つけ出すことを想像するとその精度の高さが分かるだろう。この高い精度に必要な特異性は、主としてDNAの言語である4種の塩基〜シトシン(cytosine)、グアニン(guanine)、アデニン(adenine)、チミン(thymine)〜が優れたかみ合わせをすることによりもたらされる。しかし、DNAポリメラーゼはさらに一歩踏みんだ働きをする。各塩基を複製した後にチェックを行い、間違った塩基があれば取り除くのである。

犯人とその系譜

あなたのDNAはあなたにとって唯一のものであり、指紋以上に固有のものである。それはあなたの母親のDNAと父親のDNAを混合したものであるが、ひょっとすると多少の突然変異的な変化が加わったものかもしれない。この特異性は犯罪の科学捜査において非常に役に立っている。もし犯罪現場に血痕が残されていれば、そのDNAは分析され容疑者のものと比較される。もしそれらが適合すれば、その容疑者はその場で捕らえられてきた。もちろん、乾いた血痕にも非常に微量ではあるがDNAは存在する。ここが科学捜査の世界においてDNAポリメラーゼが力を発揮するところである。PCR(polymerase chain reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)を使って複製すれば、小さなDNAの試料から、分析しやすい大きい試料を作り出すことができる。まず微小な試料を試験管に入れ、複製を行うためのDNAポリメラーゼを加える。次に、試料をしばらく加熱して、2本のDNA鎖を分離する。その後、DNAポリメラーゼによってそれぞれの1本鎖から新しい二重らせんが作られる。こうしてできた2つのDNA二重らせんを再び加熱し複製すれば4つのDNA二重らせんができる。この操作を何度も繰り返せば、同一のDNA鎖が大量に生成される。ただ、私たちを含む多くの生物が持つDNAポリメラーゼは、複製過程中の加熱操作により破壊されてしまう。そこで今日では、温泉で生息する細菌「サーマス・アクアチカス」(Thermus aquaticus)由来のDNAポリメラーゼを使って複製が行われている。このポリメラーゼは、摂氏70℃でも完全に活性を保っており、PCRの加熱・冷却の工程全てを通して使用することができる。この酵素はPDBエントリー 1tau でみることができる。

構造をみる

DNAポリメラーゼ(左:大腸菌由来 PDB:1kln、右:サーマス・アクアチカス Thermus aquaticus 由来 PDB:1tau)

ここに示す一般的なDNAポリメラーゼはおおよそ手のような形をしている。どちらも細菌由来のDNAポリメラーゼで、左側が大腸菌の酵素(PDBエントリー 1kln)、右側がサーマス・アクアチカスの酵素(PDBエントリー 1tau)である。大腸菌由来のDNAポリメラーゼは一部が切断されたもので研究が行われたが、切断されPDBファイルに情報が含まれない部分は緑の輪郭で示している。「人差し指」と「親指」の間にある空間は丁度DNAらせんが収まる大きさになっているが、驚くべきことに、DNAが丁度はまるのは酵素が活性状態にあるときのみである。上図では、鋳型鎖を紫色で、新たに作られた鎖を緑色で示している。DNAポリメラーゼは別々の場所3箇所に活性部位を持っていて、図の上端近くにある「ポリメラーゼ部位」(polymerase site)はヌクレオチドを付加することによって新しい鎖を合成する。大腸菌のポリメラーゼでは、中央付近にある「3'-5'エキソヌクレアーゼ部位」(3'-5' exonuclease site、3'末端から5'末端に向かう方向に、末端のヌクレオチドを加水分解する役割をする)が新たに付加された鎖の誤りを修正する。但し、サーマス・アクアチカス(Thermus aquaticus)のポリメラーゼはこの校正能力を持っていない。恐らく生息環境の熱が同じ機能を担っているものと考えられる。図の下端にあるのが「5'エキソヌクレアーゼ部位」(5' exonuclease site)で、DNA複製の際先導する役割を果たす短いRNA断片(プライマー primer)を後ほど取り除く。

離れた親類

様々な生物のDNAポリメラーゼ(左上:大腸菌由来 PDB:1kln、右上:ヒト由来 PDB:1zqa、下:ウイルス由来 PDB:1clq)

全ての生命はDNAポリメラーゼを持っている。中には上図に示すように極めて単純なもの、つまりそれ1つで酵素全体となっているものもある。一方私たちの細胞中にあるDNAポリメラーゼはこれより複雑で、らせんを巻き戻すタンパク質(DNAヘリカーゼ、DNA helicase)、RNAプライマーを作るタンパク質(プライマーゼ primerse)、新たなDNA鎖を作るタンパク質(DNAポリメラーゼ)という別々のタンパク質で構成されている。また更に、ポリメラーゼをDNA鎖につなぎ止める環状のタンパク質も伴ったものもある。そして、一つの細胞が数種類のポリメラーゼを持っているのは珍しいことではない。この場合、複雑なものが細胞分裂で主要なDNAの複製を行い、単純なものが日常のDNA修復や維持を手助けする。一つの単細胞が時々数種の異なるポメラーゼを持っている:複雑なものは細胞分裂をするときに主要なDNAの複製を行い、単純なものはDNAの修復/維持を手助けする。上図に示す3つの単純なポリメラーゼには、それぞれ小さなDNA断片が結合している。各図において、鋳型DNA鎖は紫色で、新たに作られた鎖は緑色で示している。左上の構造は大腸菌のDNAポリメラーゼ I(PDBエントリー 1kln)、右上の構造はヒトのDNAポリメラーゼ(PDBエントリー 1zqa)、下の構造はウイルスのDNAポリメラーゼ(PDBエントリー 1clq)である。大きさや形がかなり違っているが、いずれの酵素もどのようにDNAを取り囲み、合成反応が行われる窪みの中でDNAの末端を包み込んでいるのかに注目してほしい。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2000年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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