251: アデニリルシクラーゼ(Adenylyl Cyclase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

電子顕微鏡で決定されたアデニリルシクラーゼの構造。膜は概略の位置を模式的に示している。
電子顕微鏡で決定されたアデニリルシクラーゼの構造。膜は概略の位置を模式的に示している。 高解像度TIFF画像はこちら

アデニリルシクラーゼ(adenylyl cyclase)は信号増幅器である。ホルモンの結合を細胞への応答に変換する信号伝達の流れで中心的な役割を果たす。アドレナリン(adrenaline)やグルカゴン(glucagon)のようなホルモンがGタンパク質共役受容体(G-Protein Coupled Receptor、GPCR)に結合し、これがGタンパク質を活性化して、その次にアデニリルシクラーゼを活性化する。そしてアデニリルシクラーゼは触媒反応を行い、ATPから2つのリン酸を切り出して、残ったリン酸に結合を付け足す。この結果できる環状AMP(cyclic AMP、cAMP)という分子は放出されて、素早く細胞中に行き渡り、さまざまなタンパク質の機能を制御する。この役割において、環状AMPは、ホルモンが持ってきた元の情報を伝える二次伝達物質(second messenger)と呼ばれることがよくある。さらなる利点として、この過程で信号は増幅される。なぜならアデニリルシクラーゼは活性化されるとたくさんの環状AMP分子を作り出す酵素だからである。

信号伝達複合体

環状AMPによる信号は、細胞の成長、発生、学習や記憶などさまざまな過程で必要となるエネルギー供給と制御のため、糖の分解と合成のバランスを取るという重要な役割を、体中で行っている。このたくさんある過程を制御するため、私たちの細胞は10種類のアデニリルシクラーゼを持っている。そのうち9種類は似た形をしていて、膜貫通部分と膜の細胞内側にある触媒ドメインとで構成されている。PDBエントリー6r3qは9型(AC9)の構造を示していて、この型は肺、脳、心臓、およびそれ以外の組織で見られる。この構造は、Gタンパク質(G Protein)に結合しており、信号伝達複合体が活動している様子についての情報を与えてくれる。

二次伝達物質

二次伝達物質(second messenger)は大変重要なので、アデニリルシクラーゼはほとんどの生物で見られる。細菌の場合、アデニリルシクラーゼによってつくられた環状AMPは異化活性化タンパク質(catabolite activator protein)によって検知され、これが細胞における全体のエネルギーバランスを制御するのに役立っている。私たちの細胞は可溶性のアデニリルシクラーゼ(例:PDBエントリー4clk、ここには示していない)を持っていて、9回膜に結合する型とはかなり違っている。そしてこれは重炭酸塩や二酸化炭素の濃度検知に関わっている。これらの酵素は極めて悪い目的に使われることもある。例えば、炭疽菌たんそきんは、感染先の個体内で信号伝達を妨げるアデニリルシクラーゼとして作用する浮腫因子タンパク質(edema factor protein)をつくる。

イオンチャネルの活性化

環状AMPに結合した、過分極活性化イオンチャネルHCN1の構造。下に示した環状AMPの拡大図において、六員環化したリン酸の位置をアスタリスクで示す。
環状AMPに結合した、過分極活性化イオンチャネルHCN1の構造。下に示した環状AMPの拡大図において、六員環化したリン酸の位置をアスタリスクで示す。 高解像度TIFF画像はこちら

環状AMPはさまざまなタンパク質を制御している。例えば、PKA(環状AMP依存性タンパク質キナーゼ、cAMP-dependent protein kinase)は環状AMPによって活性化され、エネルギーの利用を制御するさまざまな他のタンパク質をリン酸化する。HCN1(過分極活性化イオンチャネル、hyperpolarization-activated ion channel)は、ペースメーカー心臓や神経細胞におけるイオンの流入・流出に関係する電位開閉型チャネルである。ここに示す構造はPDBエントリー5u6pの構造で、同じサブユニットが4つ集まってイオンチャネルを構成しており、それぞれに環状AMPが結合している。環状AMPが結合することにより、チャネルの活性が上がり、最終的には心拍数を上昇させる。

構造をみる

アデニリルシクラーゼとGタンパク質

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初期に解かれたアデニリルシクラーゼの構造は、その多くが触媒ドメインだけを使って決定されたものであった。それは膜タンパク質の結晶化が非常に難しかったからである。この構造(PDBエントリー1cjk)は、活性化されたGタンパク質にある重要なαらせんがどのようにしてアデニリルシクラーゼの側面にある窪みへ結合しているのかを示している。触媒ドメインは似た2つの部分からできており、似たような窪みが2つ隣接して存在する。一方の窪みにはATPが結合して環化反応が行われる。この構造の場合、修飾し切断できなくした型のATPがこの窪みに結合している。もう一方の窪みは制御に関わっていると考えられており、植物刺激タンパク質フォルスコリン(forskolin)がその中に結合している。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、構造をより詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBjサイトで環状AMPのキーワードを使って検索すると、環状AMPで制御されるさまざまなタンパク質を見ることができます。
  2. CMPの化合物辞書ページを見ると環状AMPの構造を見ることができます。

参考文献

  1. 6r3q Qi, C., Sorrentino, S., Medalia, O., Korkhov, V.M. 2019 The structure of a membrane adenylyl cyclase bound to an activated stimulatory G protein. Science 364 389-394
  2. Halls, M. L., Cooper, D. M. F. 2017 Adenylyl cyclase signalling complexes - pharmacological challenges and opportunities. Pharmacology & Therapeutics 172 171-180
  3. 5u6p Lee, C.H., MacKinnon, R. 2017 Structures of the Human HCN1 Hyperpolarization-Activated Channel. Cell 168 111-120.e11
  4. 4clk Kleinboelting, S., Diaz, A., Moniot, S., Van Den Heuvel, J., Weyand, M., Levin, L.R., Buck, J., Steegborn, C. 2014 Crystal Structures of Human Soluble Adenylyl Cyclase Reveal Mechanisms of Catalysis and of its Activation Through Bicarbonate. Proc Natl Acad Sci U S A 111 3727
  5. 1cjk Tesmer, J.J., Sunahara, R.K., Johnson, R.A., Gosselin, G., Gilman, A.G., Sprang, S.R. 1999 Two-metal-Ion catalysis in adenylyl cyclase. Science 285 756-760

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2020年11月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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