237: ナノディスクと高密度リポタンパク質(Nanodiscs and HDL)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

リボソームの構造(赤とオレンジ)は新たなタンパク質鎖(赤紫、上に見える転移RNAにまだくっついている)を合成する。そしてできたタンパク質鎖はナノディスク膜(アポリポタンパク質は青、脂質は白と赤で示す)を通し、分泌タンパク質複合体SecYE(緑)によって輸送される。
リボソームの構造(赤とオレンジ)は新たなタンパク質鎖(赤紫、上に見える転移RNAにまだくっついている)を合成する。そしてできたタンパク質鎖はナノディスク膜(アポリポタンパク質は青、脂質は白と赤で示す)を通し、分泌タンパク質複合体SecYE(緑)によって輸送される。

私たちは構造生物学における革命の途上にあり、ナノディスク(nanodisc)はそれを支える役割を果たしている。現在、クライオ電子顕微鏡(cryoelectron microscopy)の発展により、以前よりもずっと大きく複雑な分子機械の構造を決定できるようになっている。最も構造解明が難しいタイプの分子機械の一つである膜結合タンパク質もこの中に含まれるが、それが難しいのは脂質環境の中に保護しておく必要があるからである。ここに示す構造は、ナノディスクが有用であることを示している。これは脂質の小さな円盤でできていて、構造を解こうとしている膜結合タンパク質一つだけを保持するのに十分な大きさになっている。この周りを帯状のタンパク質が取り囲んで構造を安定化させている。

いいコレステロール

ナノディスクは妙案を求めて自然に目を向けて設計されたものである。コレステロール(cholesterol)などの脂質は、小球体となって血液中を運ばれる。この小球体はアポリポタンパク質(apolipoprotein)と呼ばれる専用のタンパク質によって囲まれ作られている。そのうち、高い割合でタンパク質を含み脂質が多いリポタンパク質粒子よりも密度が高いタイプは高密度リポタンパク質(High-Density Lipoprotein)またはHDLと呼ばれている。HDL粒子はいいコレステロールとよく呼ばれる。なぜなら、肝臓から過剰なコレステロールを運び出す作用と大いに関係しているからである。またHDLは科学にとってもいいものと言える。それは、HDLのある型がナノディスクの設計を思いつかせるような円盤状の形をしているからである。

どこにでもあるナノディスク

PDBの中でナノディスクの構造を探すと、何十種類もの例が見つかるだろう。しかし、ナノディスク部分の原子座標情報を含んでいるものは非常に少ない。これは、脂質が大変動きやすく研究対象がタンパク質に絞られているためで、クライオ電子顕微鏡マップをみると取り囲んでいる脂質はぼやけている。ここに示す構造(PDBエントリー4v6m)は巨大で、リボソーム(ribosome)がタンパク質排出チャネルSecYEを通して新たに合成されたタンパク質鎖を分泌している構造を含んでいる。これは例外的である。複合体全体の構造モデルは、クライオ電子顕微鏡と分子動力学シミュレーションの方法を組み合わせて得られたもので、ナノディスクとそれを構成する脂質が含まれている。

ナノディスクとNMR

MT1-MMPの膜結合ドメインがナノディスクに結合している。
MT1-MMPの膜結合ドメインがナノディスクに結合している。

ナノディスクは小さく水に溶けるため、NMRを使っても構造解析ができるという恩恵にあずかることができた。ここに示す構造(PDBエントリー6clz)はMT1-MMP(membrane type 1 matrix metalloproteinase)の膜結合ドメインで、新しい血管をつくるときに既存の細胞外マトリックスを通って細胞を移動させるのに必要となるコラーゲン(collagen)切断酵素として働く。このタンパク質はがん治療における対象ともなる。なぜなら転移性の腫瘍細胞はこの酵素を使って拡散することがよくあるからである。この構造を使ってこのドメインが持つ二つの結合モードと酵素の作用制御における役割が調べられている。

構造をみる

MT1-MMPとナノディスク

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対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のJSmolボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

ナノディスクは天然のアポリポタンパク質に基づき設計されたもので、希望する大きさの円盤を取り囲むよう鎖の長さが調節された。MSP(membrane scaffolding protein)と名付けられたこの改変タンパク質は、アポリポタンパク質と同じようにαらせん構造を持ち、そこには疎水性アミノ酸(環の内面に白で示した部分)が並んでいる。これらのアミノ酸は膜において疎水的な脂質部分を安定化させる。 図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる図(JSmol)に切り替え、構造をより詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBjのEM Navigatorでナノディスク(nanodisc)を検索すると、ナノディスクタンパク質のEMマップを見ることができます。ナノディスクそのものの構造は解かれていないことが多いことに注目してみてください。
  2. PDBjでアポリポタンパク質を検索すると脂質に結合していないときの構造をいくつか見ることができるでしょう。

参考文献

  1. 6clz Marcink, T.C., Simoncic, J.A., An, B., Knapinska, A.M., Fulcher, Y.G., Akkaladevi, N., Fields, G.B., Van Doren, S.R. 2019 MT1-MMP Binds Membranes by Opposite Tips of Its beta Propeller to Position It for Pericellular Proteolysis. Structure 27 281-292.e6
  2. Denisov, I.G., Sligar, S.G. 2016 Nanodiscs for structural and functional studies of membrane proteins. Nature Structural and Molecular Biology 6 481-486
  3. 4v6m Frauenfeld, J., Gumbart, J., Sluis, E.O., Funes, S., Gartmann, M., Beatrix, B., Mielke, T., Berninghausen, O., Becker, T., Schulten, K., Beckmann, R. 2011 Cryo-EM structure of the ribosome-SecYE complex in the membrane environment. Nature Structural and Molecular Biology 18 614-621

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2019年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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