222: タンパク質とナノ粒子(Proteins and Nanoparticles)

著者: Luigi Di Costanzo, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

フラーレン(灰色)が結合したCOP(青色、チロシンは緑色)の結晶格子。
フラーレン(灰色)が結合したCOP(青色、チロシンは緑色)の結晶格子。

純粋な炭素はさまざまな形をとる。炭素原子が完全な三次元格子をつくると強固なダイヤモンド(diamond)になり、二次元のシートをつくると滑らかでつるつるした感触のあるグラファイト(graphite)になる。1985年、新たな形の炭素が発見された。それは60個の炭素原子が並んで対称的な中空の球形をしたものであった。バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)が設計したジオデシック・ドームに似ていたので、この新たな分子はフラーレン(fullerene)と名付けれらた。ダイヤモンドやグラファイトと同じように、この形の炭素にもそれ独特の特性がある。フラーレンやナノチューブ(nanotube)と呼ばれる筒型のフラーレン派生型は電気や熱を伝えることができるが、通常の銅線よりもはるかにサイズが小さい。フラーレンは完全に対称的な形状と驚くべき性質を持っていたため、ナノテクノロジーで人気のある題材になっていった。ところが生命科学で応用するにあたって大きな欠点があった。水に溶けないのである。現在、 ナノテクノロジーや医学の分野で新たに応用できるようにするため、タンパク質とフラーレン(およびその他のナノ粒子)との間でこれまでなかった相互作用をつくり出す設計が行われている。

フラーレンをつなぎ止めるものをつくる

ナノチューブに結合するタンパク質を設計する際、理想的なαらせんの形がグラフェン(graphene、訳注:ナノチューブなどの構成要素となる構造)が持つ蜂の巣状の構造とうまくかみ合うことに研究者は着目した。まずアミノ酸のアラニンをαらせんに沿って並ぶよう配置し、六角形をしたグラフェンシートの繰り返し単位の真ん中にうまくはまるようにした。そして、四重らせんの束をつくるよう改変したタンパク質を使って新たな相互作用をつくり、ナノチューブの周りにならぶようにした。実際このペプチドをつくってみると、意図した通りナノチューブに結合することがわかった。さらに思いがけないことに、ペプチド中にあるアミノ酸のチロシンが飛び出して小さな籠をつくり、これもフラーレンを閉じ込めていることもわかった。

導電性の複合体

この改変されたαらせんはCOP(C60形成ペプチド、C60-organizing peptide)と呼ばれ、フラーレンと混ぜると結晶質の複合体ができる。PDBエントリー5et3の構造は、どのようにして隣り合うCOPペプチドがアミノ酸のチロシンを使ってフラーレンを取り囲み、多くのCOPとフラーレンを意図した場所に配置して大きな超構造をつくっているのかを示している。調べたところ、フラーレンもCOPタンパク質もそれぞれ単体では電気を通さないが、この完璧に配置されたナノ粒子とタンパク質の立体格子は電気を通した。

カリックスアレーンをカップ型にする

カリックスアレーン(calixarene、原子種別に色分けした分子)はリゾチーム(青色)に結合し、集まって四量体や高次構造をつくる。
カリックスアレーン(calixarene、原子種別に色分けした分子)はリゾチーム(青色)に結合し、集まって四量体や高次構造をつくる。

あることに特化した仕事をするナノ粒子を設計し、タンパク質と結合させる研究も行われている。カリックスアレーン(calixarene)は4つのベンゼン環がつながってできている。大きな化学基がベンゼン環の一方の側に結合すると、カリックスアレーンはこじ開けられてカップ状の形になる。正しく設計されていて、適切な化学基が縁の周りに来ていれば、カリックスアレーンはある特定の荷電分子または中性分子に対して選択的に結合できる(あるいは結合の受け皿となる)。元々低分子やイオンが結合するように設計されたものだが、タンパク質の表面に結合するよう改変したものもつくられている。ここに示すのは表面にカリックスアレーンが結合したリゾチーム(lysozyme)の構造(PDBエントリー4prq)である。この構造においてカリックスアレーンは異なる2通りの方法で作用している。半分はリゾチーム表面にあるアミノ酸のアルギニンにある電荷を認識隠してしまう。残りはPEG(タンパク質を結晶化する際に用いられる化合物)にくっつき、タンパク質分子間にある隙間を埋める大きくてねばねばした球のように働く。カリックスアレーンはこの相互作用を通してリゾチームが四量体をつくるよう促し、これがさらに集まって長い繰り返し鎖となる。カリックスアレーンのようにタンパク質の凝集を促し(または抑え)、タンパク質の結晶化を助けるような結合分子の探索が行われている。

タンパク質の機能調整役

(左)結合相手となるタンパク質C-RAFに由来するペプチド(赤紫色)と結合した信号タンパク質14-3-3(青色)(右)分子ピンセット(原子種別に色分けした分子)はリジン(水色)に結合し、ペプチド結合部位を阻害する。
(左)結合相手となるタンパク質C-RAFに由来するペプチド(赤紫色)と結合した信号タンパク質14-3-3(青色)(右)分子ピンセット(原子種別に色分けした分子)はリジン(水色)に結合し、ペプチド結合部位を阻害する。

特定のアミノ酸に結合しタンパク質の機能を調整するナノ粒子の設計も行われている。例えば、Cの字型をした分子ピンセット(molecular tweezer)がつくられているが、これには負電荷を持った化学基が2つ含まれており、水に溶けかつリジンとアルギニンにも結合できるようになっている。そしてこのナノ粒子は14-3-3タンパク質による信号伝達を阻害することがわかった。ここに示す構造(PDBエントリー5oeh)では、ピンセットが表面に露出した一つのリジンに結合している。PDBエントリー3nkxでみられるように、このリジンはC-RAFのような他の信号伝達タンパク質が結合する部位に近く、相手となるタンパク質との結合を邪魔するか、または動きを変化させることによりピンセットは阻害機能を発揮しているという考えが提唱されている。

構造をみる

MRIのためのバイオセンサー

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医療診断におけるMRI(磁気共鳴画像)では、造影剤としてキセノン(xenon)の同位体(129-Xe)が使われている。肺の気腔を画像化するため気体として投与されることもあれば、血流や組織を画像化するため体液に溶かして投与されることもある。人工的につくられたクリプトファン(cryptophane)は、キセノンを特定のタンパク質へくっつける一つの方法として開発された。クリプトファンは中空の殻形をしているが、側面を開けることにより目的の分子を出し入れすることができるようになる。ここに示すクリプトファンには、一つのキセノン原子(赤紫色)がぴったり入る大きさで、炭酸脱水酵素(carbonic anhydrase)を特異的に阻害する阻害剤と結合している様子が描かれている。 なおこの酵素は活性部位で亜鉛イオン(青緑色)を認識する酵素である。この人工クリプトファンが対象となるタンパク質に結合する際、キセノンは特有のMRIスペクトルを示す。画像の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、ヒトの炭酸脱水酵素 II(PDBエントリー3cyu)に結合したクリプトファンの構造を詳しく見てみてほしい。

理解を深めるためのトピックス

  1. タンパク質に取り込まれる分子の認識は電荷を持たない残基によって行われることもあります。例えば、カボチャのような形をしたククルビットウリル(cucurbituril)という分子の中核部分で認識されるインスリン(insulin)のアミノ酸を見てみてください(PDBエントリー3q6e: 最初の生物学的単位にはナノ粒子が含まれていないので、2つ目の生物学的単位を見るようにしてください)。
  2. フラーレン分子ピンセットでナノ粒子自体の構造と性質をみることができます。

参考文献

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  10. J Baggott 1996 Perfect symmetry – The accidental discovery of buckminsterfullerene. Oxford University Press.

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2018年6月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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