218: EPSP合成酵素と除草剤(EPSP Synthase and Weedkillers)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

EPSP合成酵素の開いた型と閉じた型を下に、この酵素が行う反応と除草剤のグリホサートを上に示す。
EPSP合成酵素の開いた型と閉じた型を下に、この酵素が行う反応と除草剤のグリホサートを上に示す。

バイオテクノロジーの研究者は、生物種間の違いを見つけ出し役に立つ新たな化合物を見つける手段とすることがよくある。例えば医薬品の場合、病原菌には効くが人には影響しない抗生物質の探索が行われる。 農業の分野では、一般的な害虫には効くが私たちが食用とする植物には影響しない殺虫剤や、ヒトが望まない植物だけに効いて農作物の収穫を増やす除草剤が挙げられる。この際、許容できない副作用を呈することなくこの働きをしてくれる分子を見つける必要がある。

芳香をつくる

菌類や多くの微生物と同じく、植物もチロシンや葉酸のような芳香族化合物を一からつくることができる。一方、動物はこれらの分子をつくるのに必要な酵素を持っていないため、食物からの摂取に依存している。EPSP合成酵素(EPSP synthase)は芳香族化合物の合成において重要な段階を行う。この酵素は、環状のシキミ酸-3-リン酸(shikimate-3-phosphate、S3P)分子をホスホエノールピルビン酸(phosphoenol pyruvate、PEP)につなげる。この過程の後半で、シキミ酸の環状部分はトリプシンの芳香環に、PEPは分子のアミノ酸主鎖部分になる。

PEPの類似物質

1970年代、モンサント社の研究者たちはグリホサート(glyphosate)が強力な除草剤になることを発見し、同社はこれを「ラウンドアップ」(Roundup)という商品名で販売した。これはPEPと似ていることにより効果を発揮する。EPSP合成酵素によって行われる反応を阻害し、最終的には植物を殺してしまう。これはある区域の雑草を根こそぎ駆除するのには役立つ。例えば、道沿いや歩道の割れ目に生えている雑草に吹きかけるということがよく行われている。しかし、これは農業で使うにはあまり効果的ではない。なぜなら雑草だけではなく収穫物まで殺してしまうからである。この問題を解決するため、グリホサートに抵抗性のあるEPSP合成酵素をつくる細菌も見つけ出された。ここに示す構造(PDBエントリー 2gg42gga)のはその一例である。次に、農作物に改変を加えこの抵抗性酵素を使うようにした結果、農作物を殺すことなく雑草だけを殺すためにグリホサートが使えるようになった。

除草剤

TIR1ユビキチンリガーゼ(緑)とグリホサート(赤紫)
TIR1ユビキチンリガーゼ(緑)とグリホサート(赤紫)

別の除草剤は植物に特有で感受性の高いタンパク質を攻撃する。最もよく使われる一つは2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-dichlorophenoxyacetic acid)である。よく2,4-Dと呼ばれ、植物が生長の制御に使う植物ホルモンの一種オーキシン(auxin)似た物質である。ここに示す構造(PDBエントリー2p1n)は除草剤がTIR1ユビキチンリガーゼ(TIR1 ubiquitin ligase)に結合したものである。この酵素は植物がオーキシンの濃度を検知するのに使われる。2,4-Dがこの酵素に結合すると最終的には多くの遺伝子発現が変化し、生長が制御できなくなって植物は枯れてしまう。

構造をみる

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EPSP合成酵素は、活性部位を収縮させることによりグリホサートに対する抵抗性を持つようになる。それをどのようにして行うのかについて、ここに示す3つの構造が示している。最初の構造(PDBエントリー2pqb)はグリホサート抵抗性酵素の活性部位に遷移状態類似物質が結合した構造である。この類似物質はS3PがPEPへの結合部形成した直後の反応中間状態と似ているが、反応を最後まで行うことができず活性部位にとどまったままとなるため、結晶解析で観察できたと考えられる。2つめの構造(PDBエントリー2gga)はグリホサートがどのようにPEPに偽装しPEPが来るべき場所を占めているのかを示している。しかし、アミノ酸のアラニンによって除草剤の居場所が狭くなり、結合力が大いに弱まっている。通常、グリホサート感受型酵素であれば、このアラニンはよりサイズの小さなグリシンになっている。3つめの構造(PDBエントリー2ggd)は、もしこの変化がタンパク質で起こればグリホサートはより安定で伸びた形状で結合し、酵素は除草剤によって効果的に阻害されることを示している。

理解を深めるためのトピックス

  1. さまざまな細菌に由来する多くのEPSP合成酵素の構造がPDBに登録されています。構造比較ツールを使ってこれらの構造を比較してみてください。
  2. PDBアーカイブにはシキミ酸に関する反応に関わるさまざまな酵素の構造も登録されています。EPS合成酵素の前段階を行う2つの酵素-シキミ酸キナーゼ(shikimate kinase)やシキミ酸脱水素酵素(shikimate dehydrogenase)を見てみてください。

参考文献

  1. 2p1n X Tan, LIA Calderon-Villalobos, M Sharon, C Zheng, CV Robinson, M Estelle & N Zheng 2007 Mechanism of auxin perception by the TIR1 ubiquitin ligase. Nature 446 640-645
  2. 2pqb T. Funke, ML Healy-Fried, H. Han, DG Alberg, PA Bartlett & E Schonbrunn 2007 Differential inhibition of class I and class II 5-enolpyruvylshikimate-3-phosphate synthases by tetrahedral reaction intermediate analogues. Biochemistry 46 13344-13351
  3. 2gg42gga2ggd T Funke, H Han, ML Healy-Fried, M Fischer & E Schonbrunn 2006 Molecular basis for the herbicide resistance of Roundup Ready crops. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 103 13010-13015

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2018年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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