146: アミノグリコシド系抗生物質(Aminoglycoside Antibiotics)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
rRNAメチル化酵素(左:PDB:3frh 1405番塩基グアニン(guanine)をメチル化、右:PDB:3pb3 1408番塩基アデニン(adenine)をメチル化)

1944年、ストレプトマイシン(streptomycin)が発見されたことにより、初めて結核(tuberculosis)に対する効果的な治療ができるようになった。それ以来、人類はストレプトマイシンなどのアミノグリコシド系抗生物質(aminoglycoside antibiotic、アミノ配糖体系抗生物質)を使って細菌との闘いをより激化させてきた。これまで細菌が作り出す様々な天然アミノグリコシドが見いだされ、この効果的な天然の防衛物質を元に全く新しい抗生物質が作られてきた。一方細菌はこれら抗生物質による攻撃から身を守るため様々な方法を発達させてきた。これには薬剤が細胞に入ってくるの制御して細胞から排出してしまう方法(多剤耐性輸送体(multidrug resistance transporter)も参照のこと)や、薬剤そのものおよび薬剤の攻撃対象の両方を修飾してしまう酵素を使う方法などがある。

対象を変える

結核菌がストレプトマイシン耐性を獲得する際とった主たる方策は、薬剤の攻撃対象を変化させるというものである。アミノグリコシドの場合、リボソーム(ribosome)を攻撃対象としている。その詳細を以下に示す。この薬剤はリボソームの小サブユニットにある狭い窪みに結合し、コドン(codon)とアンチコドン(anticodon)が適切な対合が作れないようにしてしまう。ところが薬剤耐性菌は自身のリボソーム中にある特定の塩基にメチル基を付加する酵素を作り出し、窪みを狭めて抗生物質が入らないようにしてしまう。右上図にその事例を2つ示す。左(PDBエントリー 3frh)はリボソームの1405番塩基グアニン(guanine)に、右(PDBエントリー 3pb3)は1408番塩基のアデニン(adenine)にメチル基を付加する。

抗生物質への攻撃

左上:リン酸転移酵素(phosphotransferase、PDB:1l8t)、右上:ヌクレオチド転移酵素(nucleotidyltransferase、PDB:1kny)、左下:アセチル基転移酵素(acetyltransferase、PDB:1bo4)、右下:4箇所で薬剤分子に修正を加えることができる珍しいアセチル基転移酵素(PDB:3r1k)

これまで数々のアミノグリコシドがつくり出され、その中にはメチル化されたリボソームに作用するものも多く含まれているが、細菌はこのような薬剤に直接攻撃する手段も発達させてきた。薬剤を攻撃する酵素は様々な細菌株から何十種類も発見されており、しかも厄介なことに、細菌はプラスミド(plasmid)を介してこれら酵素を交換し合う。これら酵素は3種に大別でき、薬剤にリン酸を結合させるもの、アセチル基を付加するもの、そしてAMPを付加するものを挙げることができる。これら酵素の構造はそれぞれが担う化学反応に応じ多様なものとなっている。上図には4つの構造を示した。左上はリン酸転移酵素(phosphotransferase、PDBエントリー 1l8t)、右上はヌクレオチド転移酵素(nucleotidyltransferase、PDBエントリー 1kny)、左下はアセチル基転移酵素(acetyltransferase、PDBエントリー 1bo4)、そして右下は4箇所で薬剤分子に修正を加えることができる珍しいアセチル基転移酵素(PDBエントリー 3r1k)である。

構造をみる

様々な状態のリボソームの構造、PDB:1j5e、PDB:1ibm、PDB:1ibk、PDB:1ibl からアミノグリコシドの働く仕組みが明らかになった。

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驚くべき一連のリボソーム構造、PDBエントリー 1j5e1ibm1ibk1ibl からアミノグリコシドの働く仕組みが明らかになった。アミノグリコシドで細菌を処理すると、細菌が作るタンパク質には誤りが組み込まれてしまい、最終的に細菌細胞は死滅してしまう。そこで通常のリボソームと抗生物質が結合したリボソームの構造を比較してみたところ、抗生物質がリボソームの校正能力を低下させていることが明らかになった。上図下にあるボタンをクリックし、対話的操作のできる画像に切り替えてこれらの構造を見比べててみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. アミノグリコシドに修飾を加える酵素が他にも多数PDBに登録されています。酵素単独の構造、そして抗生物質や補因子と結合した構造を探してみてください。
  2. 現在、アミノグリコシドに修飾を加える酵素の働きを妨げる阻害剤を開発し、抗生物質耐性に対抗する試みが行われています。この阻害剤を見つけるにはまずキーワード「アミノグリコシド 阻害剤」(aminoglycoside inhibitor)でPDBデータを検索してみてください。

参考文献

代表的な構造

3frh: 16S rRNA メチラーゼ(methylase、メチル基転移酵素 methyltransferase)
この酵素は細菌のリボソーム中にあるヌクレオチドの1つをメチル化し、ある種のアミノグリコシド系抗生物質に対する耐性を生み出す。
3pb3: 16S rRNA メチラーゼ
この酵素は細菌のリボソーム中にあるヌクレオチドの1つをメチル化し、ある種のアミノグリコシド系抗生物質に対する耐性を生み出す。
1l8t: アミノグリコシド 3'-ホスホトランスフェラーゼ(3'-phosphotransferase、3'-リン酸基転移酵素)
これは薬剤耐性細菌が作る酵素で、アミノグリコシド系抗生物質にリン酸基を付加し抗生物質の作用を妨げる。
1bo4: アミノグリコシド 3-N-アセチル基転移酵素(acetyltransferase)
これは薬剤耐性細菌が作る酵素で、アミノグリコシド系抗生物質にアセチル基を付加し抗生物質の作用を妨げる。
1kny: カナマイシン(kanamycin)ヌクレオチド転移酵素(nucleotidyltransferase)
これは薬剤耐性細菌が作る酵素で、アミノグリコシド系抗生物質にヌクレオチドを付加し抗生物質の作用を妨げる。
1ibk: パロモマイシンが結合した30Sリボソーム
この構造はアミノグリコシド系抗生物質の小サブユニットにアミノグリコシド系抗生物質の一種であるパロモマイシン(paromomycin)が結合したものである。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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