036: シトクロムc(Cytochrome c)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
(PDB:3cyt)

電気は現代における最も一般的な現象の一つで、部屋の明かりからあなたの目の前にあるコンピュータまであらゆるものに動力を供給している。その電気とは、金属線など導電性物質の中を電子が通ることである。電子は、線を伝って原子と原子の間の曲がりくねった空洞を流れる。細胞も様々な反応過程に動力を供給するのに電気を使うが、電子の移動方法はかなり違っている。電子は細胞サイズの線を滑らかには流れない。その代わり電子は一度に1つずつ、タンパク質からタンパク質へと飛びながら輸送される。このようにして電子はある特定の場所から拾い上げ、必要な場所へと正確に届けることができるのである。

電子伝達

ここに示した()は PDBエントリー 3cyt から得られた電子の運び屋である。電子を運ぶその他多くのタンパク質と同様、つかまえにくい電子を扱うのに特別な補欠分子族(prosthetic group)を持っている。は、図中では赤色で示した鉄イオンを含むヘム基(heme group)を内側に強くつかんで持っている。この鉄イオンは簡単に電子の取り込みと解放を行う。そして周りのタンパク質は、どれだけしっかり電子をつかんでいるかを調整し電子にとって完全な環境を作り出す。また次に示すように、が細胞の電子回路全体におけるどの位置に当てはまるかについても決めている。

古くからある群

は古くからあるタンパク質で、生命進化の早い段階に発達した。このなくてはならないタンパク質は、細胞の動力生産において重要な段階を担っており、ここ数百万年の間ほとんど変化してこなかった。だから、酵母、植物、そして私たちの細胞どれを探しても非常に似た型のが見つかるのである。ところがPDBを見渡すと、他にも様々な電子運搬分子があることが分かる。には様々な変異があり、いずれも電子運搬にはヘムと鉄イオンを使うが、担当する仕事の違いに応じて電子を囲むタンパク質を変化させている。他の電子運搬体はまた別の補欠分子族を使って電子を運んでいる。そのような補欠分子族としては、フェレドキシン(ferredoxin)で使われている鉄硫黄クラスター(iron-sulfur cluster)や、アズリン(azurin)やプラストシアニン(plastocyanin)で使われる銅イオンのほか、より珍しい金属イオンを使ったものも存在する。のように、これらのタンパク質もそれぞれ単独で細胞電子回路に接続していて、ある地点から別の地点へ電子を運搬している。

細胞の回路

シトクロムbc1複合体(左:PDB:1kyo)と酸化酵素(右:PDB:1oco) ピンクの分子は

は細胞内に配線された電気回路に1つの接点を形成する。そして、細胞のエネルギー生産における最終段階で電子を運搬する。この電子は元々糖の分解を通じて得られたもので、最終的には酸素に付加されて水になる(これが、私たちが呼吸で取り入れた酸素の最終的な運命である)。は、2つの大きなタンパク質複合体の間で個々の電子を輸送する。つまり、上図左(PDBエントリー 1kyo)のシトクロムbc1(cytochrome bc1)複合体から電子を集め、上図右(PDBエントリー 1oco)に示す酸化酵素に電子を渡している(2000年5月、今月の分子5番も参照のこと)。この2つの複合体がエネルギー生産という重労働を行っている。電子が電子輸送グループ(赤色)を通って流れるのに従い、黄色い帯で示した膜の反対側へプロトン(水素イオン)がくみ出される。そしてこのプロトンはATP生産の動力源として用いられる。は、全てのエンジンを滑らかに動かし続けることで、一つの複合体から別の複合体へ必要に応じて電子を輸送している。

構造を見る

(上のピンク色の管で示された分子)とシトクロムbc1複合体(下の黄色い管で示された分子) 電子を輸送するヘム基の各原子は球で、その中の鉄原子は黄色い球で示す。PDB:1kyo

PDBエントリー 1kyo では、細胞内で電子がどのように輸送されるかを拡大して見ることができる。電子は、身近で見かける電気器具のように連続的な線を通って流れる訳ではない。電子はこの短い距離を、輸送体から隣の輸送体へと直接移動する。上図には(上)と大きなシトクロムbc1複合体(下)との複合体を示している。のタンパク質鎖はピンク色の管で、bc1複合体のタンパク質鎖は黄色い管で示す。ヘムは各原子とも球で、鉄原子は黄色の球で示す。のヘム基が押し出され、bc1複合体のヘム基に近づいていることに注目して欲しい。電子はこの距離を、bc1複合体のヘムからのヘムへ、百万分の1秒未満で移動する。

"" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで参照できます。

参考文献

当記事に関係する別の文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2002年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

	{
    "header": {
        "minimamHeightScale": 1.0,
        "scalingAnimSec": 0.3
    },
    "src": {
        "spacer": "/share/im/ui_spacer.png",
        "dummy": "/share/im/ui_dummy.png"
    },
    "spacer": "/share/im/ui_spacer.png"
}