138: グルカン分解酵素 (Glucansucrase)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2011年6月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
グルカン分解酵素(PDB:3aic)

我々は1日2回、フッ素の入った歯磨き粉で歯を磨き、うがいをして、食物に含まれる砂糖の量を抑える...が、それでも虫歯ができてしまう。虫歯は、食物中に含まれる糖類の一部を摂取して発酵し酸を分泌する細菌によって引き起こされる。この酸が歯の中の硬いミネラル分を食い尽くしてしまう。これは細菌を一掃してしまえば簡単に防げるようにみえるが、完全に除去したとしても細菌はある方策を使ってこれを回避してしまうのだ。

ネバネバした糖

このような細菌はグルカン分解酵素(glucansucrase)という酵素(右図はPDBエントリー 3aic )を使い、我々の食物に含まれる糖からグルカン(glucan)と呼ばれる長くネバネバした糖鎖を作る。このグルカンは細菌を歯の表面にくっつけて、取り除きにくい菌膜(biofilm)を形成する。現在、この酵素の構造を利用して酵素の作用を妨げ、細菌がこの方式での保護ができないようにすることで、最終的には我々を虫歯から守ってくれるような阻害剤の設計が行われている。

伸長するグルカン

グルカン分解酵素は2つの反応を行う。まず蔗糖(sucrose)を取り込んでブドウ糖(glucose)と果糖(fructose)の2つに分解する。次に果糖は放出され、ブドウ糖は伸長中のグルカン鎖に付加される。グルカン分解酵素は多くのドメインを持つ大きなたんぱく質である。この反応は酵素の中心部分で行われるが、これはこの構造に含まれている。またこの酵素には既存のグルカン鎖へ酵素を固定するためのドメインも含まれている。

同じ酵素...ただ違いがあるだけ

左:[[momanme-ja:138]](PDB:3aie)、右:α-アミラーゼ(PDB:1smd)

グルカン分解酵素のアミノ酸配列を他の糖切断酵素と比較すると、一点違いがあるものの α-アミラーゼ (alpha-amylase)と似ていることが分かった。その違いとは「配列の順序が変わっている」という違いで、グルカン分解酵素の冒頭にある配列がα-アミラーゼでは配列の途中に見られる。この構造が解かれたとき、非常に似た鎖の折りたたまれ方を持つ構造ではあるが、配列の順序は入れ替わっているという関係性も確認された。そのことはPDBエントリー 3aie1smd を比較すれば見ることができるだろう。右図では、一方の端が赤に、もう一方の端が青となるよう段階的に色分けされている。なおこのような例は以前に紹介した コンカナバリンAと循環置換 (concanavalin A and Circular Permutation)でも見ることができる。

構造をみる

グルカンの代わりに麦芽糖を結合させたグルカン分解酵素と蔗糖の複合体(PDB:3hz3、3kllより合成)

上の画像をクリックすると画像を対話的操作のできるモードに切り替えることができます。

グルカン分解酵素の構造は2種類の細菌で解かれている。一つは前節で示したミュータンス菌( Streptococcus mutans )由来のものである。ここでは別のロイテリ菌( Lactobacillus reuteri 、乳酸桿菌の一種)由来の構造を示す。ロイテリ菌の酵素はいくつかの方法で研究されてきた。まず、変異体酵素を使って蔗糖との複合体構造(PDBエントリー 3hz3 )が解かれた。この変異体は、酵素が切断反応が実行できないようにする変異を加えたものである。また、麦芽糖(maltose、ブドウ糖が2つ結合した糖)との複合体構造(PDBエントリー 3kll )も解かれており、これからより大きな糖鎖がどのようにして結合するのかをみることができる。ここでは両方を合成して作った仮想構造を示しており、果糖を切断して放出し、残ったブドウ糖をグルカン鎖へ付加できる状態にある反応途中の酵素の様子をみることができる。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この2つの構造および両構造を合成した仮想複合体をみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. グルカン分解酵素に糖が結合した複合体をみると、活性部位以外にいくつか追加で糖分子が結合していることが分かるでしょう。これらの追加糖分子はたんぱく質の機能において何らかの役割を果たしているのでしょうか、それとも単なる実験の副産物なのでしょうか?
  2. PDBjの「 GASH 」やRCSBの「 Compare Structures 」を使うと、グルカン分解酵素の配列とtopoisomeraseの配列との間に循環置換が起こっていることが確認できるでしょう。

参考文献

グルカン分解酵素(PDB:3aic)
  • K. Ito, S. Ito, T. Shimamura, S. Weyand, Y. Kawarasaki, T. Misaka, K. Abe, T. Kobayashi, A. D. Cameron and S. Iwata 2011 Crystal structure of glucansucrase from the dental caries pathogen Streptococcus mutans. Journal of Molecular Biology 408 177-186
  • A. Vujicic-Zagar, T. Pijning, S. Kralj, C. A. Lopez, W. Eeuwema, L. Dijkhuizen and B. W. Dijkstra 2010 Crystal structure of a 117 kDa glucansucrase fragment provides insight into evolution and product specificity of GH70 enzymes. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 107 21406-21411
  • J. D. B. Featherstone 2008 Dental caries: a dynamic disease process. Australian Dental Journal 53 286-291

代表的な構造

3hz3 : グルカン分解酵素にブドウ糖が結合したもの
グルカン分解酵素は粘り気のある炭水化物鎖をつくり出すが、細菌がその産物を利用して菌膜をつくる。この構造は虫歯の発生に重要な役割を果たす細菌から得られたもので、活性部位には蔗糖が含まれている。
3aic : グルカン分解酵素にアカルボーズ(acarbose)が結合したもの
グルカン分解酵素は粘り気のある炭水化物鎖をつくり出すが、細菌がその産物を利用して菌膜をつくる。この構造は虫歯の発生に重要な役割を果たす細菌から得られたもので、活性部位には短い炭水化物(アカルボーズ、糖尿病治療薬として用いられる4つの単糖がつながった分子)が含まれている。



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