129: イソクエン酸脱水素酵素 (Isocitrate Dehydrogenase, イソクエン酸デヒドロゲナーゼ)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2010年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
酵母のイソクエン酸脱水素酵素(上、PDB:3blw)と大腸菌のイソクエン酸脱水素酵素(下、PDB:9icd)

砂糖はおいしいが、これは別に驚くべきことでもないだろう。ブドウ糖(glucose)が酸素呼吸を行う生物が用いる中心的な燃料であるとしても。砂糖は 解糖系 (glycolysis)や クエン酸回路 (citric Acid Cycle)の中心的な代謝過程において分解され、最終的にはATPを構築するのに使われる。これら過程に関わる酵素は体系的にブドウ糖分子をその構成要素へと分解し、その各分解段階でエネルギーを取り出す。イソクエン酸脱水素酵素(isocitrate Dehydrogenase)はクエン酸回路の第3段階を進める酵素で、炭素原子を1つ取り出し、二酸化炭素として放出する。この過程では、2つの水素も取り除かれる。この一方は水素化物(hydride)の形で取り出され、運搬体であるNAD(またはNADP)に移送される。そして後で ATP合成酵素 (atp Synthase)を動作させるための動力源として用いられる。

同じ仕事に対する違った取り組み方

我々の細胞において、この複雑な反応は8本の鎖で構成される酵素複合体によって行われる(右図上に示したのはPDBエントリー 3blw から得られた酵母由来の酵素)。4本の触媒鎖(水色の部分)が反応を行い、4本の調整鎖(濃い青色の部分)が細胞内のATP、ADPの濃度に応じて酵素を活性化したり不活性化したりする。一方細菌はこれより簡単な方法をとっている。細菌は2本の同じ鎖で構成されるより小さな酵素を作り、2つの同じ活性部位を形成する(右図下、PDBエントリー 9icd )。また、我々の細胞は小型のイソクエン酸脱水素酵素も作っているが、こちらは細胞の細胞質で同じ反応を行う酵素であり、イソクエン酸とα-ケトグルタル酸(alpha-ketoglutarate)相互の変換を合成の必要に応じ行っている。

リン酸化による制御

イソクエン酸脱水素酵素(青)とイソクエン酸脱水素酵素リン酸化酵素(橙)、PDB:3lcb

細菌のイソクエン酸脱水素酵素は、我々のミトコンドリアが持つ酵素のようにATPやADPの濃度による制御は行わないが、ATPが十分ある時は酵素の働きを止める必要があるのは我々の場合と同じである。細菌の場合、たんぱく質鎖にリン酸を付加し反応を阻害することによりイソクエン酸脱水素酵素を制御している。イソクエン酸脱水素酵素リン酸化酵素(isocitrate Dehydrogenase kinase/phosphatase、PDBエントリー 3lcb 、オレンジで示した部分)は、リン酸を付加して酵素を不活性化する反応も、リン酸を除去して酵素を活性化する反応も行う。どちらの反応を行うかは細胞内のAMP濃度に基づいて決めている。AMP濃度が高い時はAMPが制御部位に結合してリン酸除去機構が活性化される。そうでない時はリン酸を付加するリン酸化酵素(kinase)としての活性を示す。

構造を見る

イソクエン酸脱水素酵素にイソクエン酸、マグネシウム、NADPが結合した反応中間体(PDB:1ide)

上の画像をクリックすると画像を対話的操作のできるモードに切り替えることができます。画像右上の×をクリックすると元の静止画像に戻ることができます。

結晶学者はイソクエン酸脱水素酵素によって行われる様々な反応段階を調べてきた。最初の構造は、アポ酵素(補酵素を欠いた酵素のたんぱく質部分、 3icd )単独の構造や、リン酸化され不活性状態にある酵素( 4icd )の構造だけではなく、イソクエン酸とマグネシウム( 8icd )、NADP( 9icd )、α-ケトグルタル酸( 1ika )といった基質群の一部や反応生成物との複合体が研究された。ただ反応自体を詳細に調べるため、ここでは特別な実験手法が用いられた。基質群を変異型酵素に加えるタイミングを慎重に合わせ、ラウエ回折法(Laue diffraction、複数波長のX線を一度の照射して回折像を得る実験手法)により数ミリ秒の時間で得た結晶学的データを収集することにより、反応中の不安定な中間体の観察ができるようになった。例えば、最初の反応段階が遅くなるY160F変異体(160番残基のチロシンをフェニルアラニンに置換したもの、 1ide )を用いた構造は、イソクエン酸、NADP、マグネシウムが反応してしまう前の結合している状態をとらえている。また2番目の反応段階が遅くなるK230M変異体(230番残基のリジンをメチオニンに置換したもの、 1idc )を用いた構造では、二酸化炭素を放出する前の中間体オキサロコハク酸(oxalosuccinate)の構造が明らかになった。上図下のボタンをクリックして、対話的操作のできる画像に切り替え、各反応段階の構造を比較してみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. クエン酸回路に関する酵素のほとんどはPDBに登録されています。それらを見つけることができますか?
  2. イソクエン酸脱水素酵素は2種類あるイソクエン酸の立体異性体を区別することができます。これはイソクエン酸を取り囲み、特有の相互作用を各官能基と形成することにより実現しています。この相互作用にとって重要なアミノ酸がたんぱく質鎖の中でどれなのかを見つけることができますか? また金属イオンはどんな役割を果たしているのでしょうか? なおこの相互作用を見る際、生物学的単位を見ているかを確認して下さい。なぜなら活性部位は2つのサブユニットの間に形成されるので。

参考文献

大腸菌のイソクエン酸脱水素酵素(PDB:9icd)
  • J. Zheng and Z. Jia 2010 Structure of the bifunctional isocitrate dehydrogenase kinase/phosphatase. Nature 465 961-965
  • A. B. Taylor, G. Hu, P. J. Hart and L. McAlister-Henn 2008 Allosteric motions in structures of yeast NAD+-specific isocitrate dehydrogenase. Journal of Biological Chemistry 283 10872-10880
  • J. M. Bolduc, D. H. Dyer, W. G. Scott, P. Singer, R. M. Sweet, D. E. Koshland Jr. and B. L. Stoddard 1995 Mutagenesis and Laue structure of enzyme intermediates: isocitrate dehydrogenase. Science 268 1312-1318
  • J. H. Hurley, A. M. Dean, D. E. Koshland Jr. and R. M. Stroud 1991 Catalytic mechanism of NADP+-dependent isocitrate dehydrogenase: implications from the structures of magnesium-isocitrate and NADP+ complexes. Biochemistry 30 8671-8678



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