125: パルボウイルス (Parvoviruses)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2010年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
上:ネコ汎白血球減少症ウイルス(feline panleukopenia virus、PDB:1fpv) 下:イヌパルボウイルス(canine parvovirus、PDB:2cas)

ウイルスは致死的な仕事を行うため見事に調整がなされている。多くのウイルスは特異性が高く、特定の動植物にしか感染しないばかりか、ウイルスにとって好ましい宿主の中でも数種類の細胞にしか感染しないものさえある。ところが、ウイルスは時々系統間で交雑し、他の宿主へ感染する能力を獲得する。この現象はしばしば「ウイルス出現」(viral emergence)と呼ばれ、「The Hot Zone」(訳注:出血熱による脅威を描いた、Richard Preston氏による1995年出版の英文小説)などの書籍において地球規模での健康に対する重大な脅威として大きく取り上げられてきた。幸いこの種の変換は滅多に起こらないが、一旦それが起こってしまうと大惨事となりうる。例えば、歴史上起こったインフルエンザ大流行のいくつかは、鳥インフルエンザからヒトインフルエンザが出現したことにより起こった。また、より最近の事例としてパルボウイルス(parvovirus)が挙げられる。ネコを宿主とするウイルスが突然変異することにより、イヌに世界的な病気の大流行を引き起こした。

ジステンパー

ここに示したネコ汎白血球減少症ウイルス(feline panleukopenia virus、PDBエントリー 1fpv )はネコジステンパー(feline distemper、ネコ汎白血球減少症 feline panleukopenia)を引き起こす小さなウイルスである。主に子猫で発症し、全ての白血球が破壊され、腸に損傷を受ける。治療しないと脱水症状や二次的な細菌感染によって病状は致命的となる。幸い、この破滅的な病気から家庭のネコたちを大いに守ってくれる効果的なワクチンがある。

イヌとネコ

1970年代、ネコジステンパーと似た症状を呈するイヌへの感染症が世界中で大流行した。研究者は詳細に調査し、上図下に示す小さなウイルス(PDBエントリー 2cas )を発見した。これはネコ汎白血球減少症ウイルスとほとんど同じで、たった数個のアミノ酸が異なるだけのものであった。そして、この新しいウイルスはイヌパルボウイルス(canine parvovirus)と名付けられた。数年の間に亡くなったイヌを入念に調べた結果、このイヌに感染するウイルスはネコに感染するウイルスが急速に進化して出現したことが分かった。少しの突然変異によってウイルスはイヌの細胞を攻撃できるようになり、イヌ集団に感染して世界中に広がったことが明らかになったのである。

宿主の変更

両ウイルスの表面で起こった2つの突然変異(上図下で青と緑で示した部分)が感染対象を決定している。どちらも細胞表面にある トランスフェリン (transferrin)受容体を攻撃する。この受容体は通常トランスフェリン(血液から細胞内へ鉄を輸送するのに関係するたんぱく質)を拾い上げる。ウイルスはこの受容体に乗り、これを使って細胞内に入る。ネコ細胞表面にある受容体はイヌのものとは少し異なっているが、ウイルス表面で起こった2つの突然変異はこの違いとぴったり一致しているのである。では次に、ヒトパルボウイルスを見ていくことにしよう。

ヒトパルボウイルス

B19パルボウイルスカプシド(PDB:1s58)

パルボウイルスは他にも多数発見されてきており、その中にはヒトの細胞に感染するものも含まれる。その中で最初に発見されたヒトパルボウイルスは、右図に示すB19ウイルス(PDBエントリー 1s58 )である。このウイルスは「第五病」(fifth disease、伝染性紅斑、リンゴ病)と呼ばれる小児疾患を引き起こす。なおこの名称は似た発疹を引き起こす病気の中で5番目に発見されたことによる。B19の感染は広く流行しており、通常半数のヒトが15歳までに、大半の人が生涯のうちいずれかの時期に感染する。症状は普通軽く、多くは皮膚が赤くなるだけであるが、時に関節炎(arthritis)などのより深刻な合併症を引き起こす。これは特に高齢者で起こりうることである。では次に、パルボウイルスの構造を詳しく見ていくことにしよう。

構造を見る

イヌパルボウイルス(PDB:4dpv

上の画像をクリックすると画像を対話的操作のできるモードに切り替えることができます。画像右上の×をクリックすると元の静止画像に戻ることができます。

パルボウイルスカプシドは、 リボソーム よりは少し大きいがコンパクトにまとまった構造体である("parvum"という言葉はラテン語で「小さい」を意味する)。カプシドたんぱく質60個が1本鎖DNAを取り囲んでできている。上図に示すイヌパルボウイルス(PDBエントリー 4dpv )の構造は、たんぱく質とDNAを含んだ完全なものである。この図においてたんぱく質は5色に塗り分けられている。ある5回対称軸の周りに集まった5つのたんぱく質は白で、次の5回対称軸の周りは赤色で、と言った具合に。どのようにして鎖が絡み合い、非常に頑丈なたんぱく質の殻を作っているのかに注目して欲しい。殻の中のDNAを見るには、上図下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. パルボウイルスの他のPDBエントリーを見つけることができますか? そしてそれらはここに示したネコ、イヌ、ヒトのウイルスと似ていますか?
  2. パルボウイルスカプシドの鎖は互いに絡み合っています。これは他のウイルスカプシドの鎖についても言えることでしょうか? そして鎖が絡み合うことの利点と欠点は何でしょうか?

参考文献

ネコ汎白血球減少症ウイルス(feline panleukopenia virus、PDB:1fpv)
  • M. G. Rossman, F. Arisaka, A. J. Battisti, V. D. Bowman, P. R. Chipman, A. Fokine, S. Hafenstein, S. Kanamaru, V. A. Kostyuchenko, V. V. Mesyanzhinov, M. M. Shneider, M. C. Morais, P. G. Leiman, L. M. Palermo, C. R. Parrish and C. Xiao 2007 From structure of the complex to understanding of the biology. Acta Crystallographica D63 9-16
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