123: P-糖たんぱく質 (P-glycoprotein)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2010年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
多剤耐性たんぱく質(PDB:3g61)

我々のいる環境は、私たちが持つ分子機械を破壊する毒性物質で満たされている。細胞は様々な方法でこれらの危険から自身を守っている。ある場合には、酵素を使って無害な化学物質へと変換する。またある場合には、隔離し安全に取り除く。残りについては、毒素を見つけ外部に排出して安全に廃棄するための特別なポンプを構築して対応している。

異物の一掃

P-糖たんぱく質(、PDBエントリー 3g61 )は毒性分子から細胞を守っている最も一般的な分子ポンプである。このポンプは細胞膜の中にあって、異質な疎水性分子を探している。それが見つかると、分子をつかんで自身が持つ窪みの奥深くへと入れ、ポンプは新しい構造へと変化する。新しい構造では細胞の外側に口が開いており、そこから分子は排出される。過程全体はATPの動力によって動いており、それによって確実に全てタイミング良く行われるようにしている。

強力なポンプ

もちろんP-糖たんぱく質がこの仕事を効果的に行うには、様々な種類の分子を排出できる必要がある。実際、P-糖たんぱく質は分子の大きさが数十原子から数百原子までの幅がある、何百種類もの分子を排出することが分かっている。そのほとんどは疎水性で、通常膜内で見られるものである。この中には多くの毒性分子が含まれるが、シクロスポリン(cyclosporin、免疫抑制薬)や抗がん剤のように重要な薬も含まれる。そのため、P-糖たんぱく質の働きは利のあるものとも害のあるものともなりうる、すなわち毒から我々を守ってくれるが、一方で摂取した治療薬の効果を減らしてしまうことにもなるのである。なお、がんの化学療法におけるP-糖たんぱく質の役割については後述する。

ポンプの阻害

多剤耐性たんぱく質(PDB:3g61、青・緑)と抗体(PDB:1bln)

転移性がん(metastatic cancer)におけるがん細胞は特に治療が難しいことが多い。なぜなら様々な抗がん剤に対して耐性を持つようになってしまうからである。がん細胞は余分にP-糖たんぱく質を構築して、絶えず抗がん剤を排出することで多剤耐性を獲得する場合があるのである。そこで、がん細胞におけるP-糖たんぱく質の働きを阻害し、抗がん治療が効くようにする方法を見つけるための研究が精力的に行われている。一つの解決方法は、ここに示すような 抗体 (antibody、PDBエントリー 1bln )を使う方法である。抗体はP-糖たんぱく質の中の小さな領域(緑色の部分)に結合し、ポンプが動作するのに必要な動きを妨げる。また別の方法として、たんぱく質の活性部位にとどまる薬剤を見つけ、内側から動作を妨げるという方法もある。

構造をみる

多剤耐性たんぱく質(PDB:3g60(左)、PDB:3g61(右))

上の画像をクリックすると画像を対話的操作のできるモードに切り替えることができます。画像右上の×をクリックすると元の静止画像に戻ることができます。

P-糖たんぱく質は、2つに折りたたまれ似たような半分同士となった1本の長い鎖でできている。上図では、一方の半分を青で、もう一方の半分を緑で示している。この両者をつなぐ短いたんぱく質片はこの結晶構造では示されておらず、代わりに赤紫色の点線で示している。両方の「半分」がいかに似ているか、そして両者が重なっている領域がいかに広いかに注目して欲しい。これはたんぱく質の進化の過程で遺伝子の重複が起こり、このように似た半分同士がつながって1本の長いたんぱく質になったためだと考えられている。

ここでは2つのP-糖たんぱく質の構造を示した。左はPDBエントリー 3g60 のもの、右は 3g61 のもので、それぞれ異なる薬剤分子(赤色部分)を伴っている。たんぱく質の大きな活性部位への結合位置がわずかに違っているところに注目して欲しい。なお上図の下にあるボタンをクリックすると対話的操作のできるページに切り替えることができる。また、薬剤分子とたんぱく質との相互作用を詳しく見るのに、RCSBのLigand Explorer が利用できる( 3g60 のリガンド3g61 のリガンド )相互作用のほとんどは完全に疎水的であることに注目して欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 細菌は毒性分子を排出するためのポンプを何種類も作っています。そのような事例をPDBで見つけることができますか? そしてそれらはここで示したものと似た「はさみ」のような機構を使っているでしょうか?
  2. 遺伝子が重複したと考えられる他の事例をPDBで見つけることができますか。

参考文献

多剤耐性たんぱく質(PDB:3g61)
  • S. V. Ambudkar, S. Dey, C. A. Hrycyna, M. Ramachandra, I. Pastan and M. M. Gottesman 1999 Biochemical, cellular, and pharmacological aspects of the multidrug transporter. Annual Review of Pharmacology and Toxicology 39 361-398
  • G. Szakacs, J. K. Paterson, J. A. Ludwig, C. Booth-Genthe and M. M. Gottesman 2006 Targeting multidrug resistance in cancer. Nature Reviews Drug Discovery 5 219-234
  • M. Hennessy and J. P. Spiers 2007 A primer on the mechanics of P-glycoprotein the multidrug transporter. Pharmacological Research 55 1-15



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