113: インフルエンザ ノイラミニダーゼ (Influenza Neuraminidase)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2009年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
上:ノイラミニダーゼ(PDB:1nn2) 中央:ノイラミニダーゼにザナミビルが結合したもの(PDB:3b7e) 下:ノイラミニダーゼにオセルタミビルが結合したもの(PDB:2hu4)

インフルエンザウイルス(influenza virus)は継続的に変化し、10年程度ごとに危険な新種が現れて公衆衛生を脅威にさらす。今年、ブタインフルエンザ(swine flu)としてより知られるH1N1型インフルエンザの新種が流行している。H1N1という名前はウイルス表面を覆う2つの分子〜 赤血球凝集素 (ヘマグルチニン、hemagglutinin)とノイラミニダーゼ(neuraminidase)〜を意味している。これら2つの分子が協力してウイルスの感染を制御している。赤血球凝集素はウイルスが細胞に侵入する時に中心的な役割を果たしており、細胞表面にある多糖鎖に結合してウイルスゲノムを細胞内へと注入する。一方、ノイラミニダーゼはウイルスが感染した細胞から離れる時に重要な役割を果たす。ノイラミニダーゼはこの糖鎖の末端を切断することによって細胞表面に引っかかってしまわないようにしている。

糖の切断

右図上部に示したのはノイラミニダーゼ(PDBエントリー 1nn2 )で、4つの同じサブユニットが四角く並んでいる。ウイルス表面は通常長いたんぱく質の柄でつながっているが、ここに示した構造ではその部分が取り除かれている。なぜならその部分は非常に柔軟性が高く結晶構造が決定できないからである。活性部位は上側表面の深い窪みの中にある。ノイラミニダーゼは多糖鎖に結合し、末端の糖を切り取る。ノイラミニダーゼの表面はいくつかの多糖鎖で修飾されている(構造の上下に伸びているのが分かる)。この多糖鎖は我々の細胞表面たんぱく質を修飾しているものと似ている。

豚と人

赤血球凝集素と同様に、ノイラミニダーゼにも様々な亜型N1〜N9がある。これらの亜型(subtype)は 抗体 (antibody)との相互作用によって定義される。一つの亜型に含まれる変異体は全て似た抗体によって無力化される。これらの亜型はインフルエンザが断続的に効力を示す理由の一つとなっている。ある亜型はヒトへの感染を広げ、また別の亜型は鳥、そして豚やその他の哺乳類といった他の対象への感染を広げる。ウイルスが広がって他の生物に感染すると、それらは混ざって別の亜型と合わさり、ランダムに新たな組み合わせが作られて、時には極めて致命的な組み合わせができ上がる。

反撃

現在、2つの効果的な薬〜ザナミビル(zanamivir、商品名 リレンザ Relenza)とオセルタミビル(oseltamivir、商品名 タミフル Tamiflu)〜がインフルエンザ感染との戦いに使われている。この2種類の薬はPDBに登録されている結晶構造を用いて発見されたものである。研究者たちは、ノイラミニダーゼの活性部位への分子結合を研究することにより、酵素の天然基質をまねた新たな薬剤分子の設計を実現した。これらの分子はノイラミニダーゼに活性部位に強く結合し、この酵素が持つウイルス放出に欠かせない機能を妨げる。ここではこのような薬の構造を2つ示す。右図中央に示すのは1918年の大流行(pandemic)を引き起こした「スペインかぜ」ウイルスから得られたノイラミニダーゼにザナミビルが結合したもの(PDBエントリー 3b7e )、右図下に示すのは鳥インフルエンザウイルス(avian flu virus)から得られたノイラミニダーゼにオセルタミビルが結合したもの(PDBエントリー 2hu4 )である。

抗体とワクチン

ノイラミニダーゼと抗体(PDB:1nca)

我々がインフルエンザに感染すると、免疫機構(immune system)はウイルスと戦うために抗体を作る。インフルエンザワクチン(flu vaccine)は免疫機構に保護の準備を行わせる一つの方法で、弱めたウイルスや無害化したウイルスの断片を接種して、感染する前に適切な抗体を免疫機構に作らせるのを助けるというものである。ご推察の通り、抗体はウイルス表面のたんぱく質を認識する。最も効果的なものの一つは赤血球凝集素に対する抗体で、これは新たな細胞への感染を妨げる。ノイラミニダーゼに対する抗体は、ここに示したPDBエントリー 1nca のようなもので、インフルエンザの症状を和らげ、ウイルスと戦うのを補佐する役割を果たす。

構造を見る

ノイラミニダーゼ 左:シアル酸が結合したもの 中央:オセルタミビルが結合したもの 右:変異体ノイラミニダーゼにオセルタミビルが結合したもの

上の画像をクリックすると画像を対話的操作のできるモードに切り替えることができます。

薬を設計する時、微妙な設計を行う。薬は、酵素が天然基質の分解を触媒できないようにするため、天然基質とは異なっている必要がある。ところが一方で、酵素と強く結合して活性を阻害するため、天然基質とは非常に似ている必要もある。これは薬剤耐性(drug resistance)を避けるためにも重要である。この問題の一例がここにある3つの構造に示されている。左にある最初の構造はノイラミニダーゼの活性部位にシアル酸(sialic acid)が結合したもの(PDBエントリー 2bat )である。この構造は、通常の反応において酵素がどのようにして多糖と結合するのかを示している。中央にある2つ目の構造はインフルエンザ感染と戦うのに用いられる薬の一つオセルタミビルが結合したもの(PDBエントリー 2hu4 )である。シアル酸と似ているが同じではないことに注目して欲しい。オセルタミビルはシアル酸より少し大きく、グルタミン酸(glutamate、ピンク色の部分)を上に隣接するヒスチジン(histidine、ピンク色の部分)の方へ押し上げている。右に示す3つ目の構造は薬剤耐性種の酵素(PDBエントリー 3cl0 )である。ヒスチジンがより大きなチロシン(tyrosine)に変異しており、グルタミン酸を薬の方へ押し下げている。薬は依然結合するが結合強度が大きく低下するため、この変異体ウイルスに対してはもはや効果を示さない。一方、周辺には結合するシアル酸が大量に存在するため、酵素はウイルスを細胞から解放する機能を依然果たす。

理解を深めるためのトピックス

  1. 9種類あるノイラミニダーゼの亜型がいくつかPDBに登録されています。別の亜型の事例を見つけることができますか?
  2. 阻害剤(inhibitor)が結合したノイラミニダーゼが多数PDBに登録されています。阻害剤とシアル酸との類似点と相違点が分かりますか?

参考文献

ノイラミニダーゼ(PDB:1nn2)

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

  • P. M. Colman 1994 Influenza virus neuraminidase: structure, antibodies, and inhibitors. Protein Science 3 1687-1696
  • M. von Itzstein 2007 The war against influenza: discovery and development of sialidase inhibitors. Nature Reviews Drug Discovery 6 967-974

代表的な構造

1nn2 : インフルエンザ ノイラミニダーゼ
インフルエンザ ノイラミニダーゼは多糖を切断する酵素で、インフルエンザウイルスの表面で見られる。この構造にはウイルスエンベロープ(外殻)の外側部分も含まれている。
2bat : インフルエンザ ノイラミニダーゼとシアル酸
インフルエンザ ノイラミニダーゼは多糖を切断する酵素で、インフルエンザウイルスの表面で見られる。この構造にはウイルスエンベロープ(外殻)の外側部分と、酵素の活性部位に結合した糖のシアル酸も含まれている。
1nca : インフルエンザ ノイラミニダーゼと抗体
インフルエンザ ノイラミニダーゼは多糖を切断する酵素で、インフルエンザウイルスの表面で見られる。この構造にはウイルスエンベロープ(外殻)の外側部分と、抗体の断片も含まれている。



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