103: デングウイルス (Dengue Virus)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2008年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)

デングウイルスのエンベロープたんぱく質(上:120量体 PDB:1k4r、下:酸性条件下での別構造3量体 PDB:1ok8)

デングウイルス(Dengue virus)は、熱帯地方において健康を脅かす主因となっているウイルスである。このウイルスは熱帯地方にだけみられるものだが、それは熱帯性の蚊によって伝搬されることによる。このように地域が限られているにも関わらず、毎年5000万〜1億人が感染している。ほとんどの感染者はひどい頭痛、発熱、紅斑が1〜2週間続くデング熱を経験する。但し、ウイルスは循環器系を弱らせ、致命的な出血を引き起こすこともある。研究者たちは現在積極的にウイルスを研究し、感染の治療薬や、感染を予防するワクチンの開発を目指している。

デングウイルスのゲノム

デングウイルスはゲノムを1本鎖RNAで持つ小さなウイルスである。ゲノムにコードされているたんぱく質はたったの10個である。そのうち3つは構造たんぱく質で、ウイルスを包みRNAを標的の細胞へと運ぶ。あと7つは非構造たんぱく質で標的細胞に入ってから協同して新しいウイルスを作り出す。右図上に示したのはPDBエントリー 1k4r から得られた最も外側の構造たんぱく質で、エンベロープたんぱく質(envelope protein)と呼ばれるものである。ウイルスは脂質膜で包まれ、その外側に180個の同じエンベロープたんぱく質が短い膜貫通断片を介して付加されている。エンベロープたんぱく質の役割は標的細胞の表面にくっついて感染過程を開始することである。

致命的スイッチ

ウイルスが感染型である時は、エンベロープたんぱく質がウイルスの表面で平らに並んで、正二十面体の対称性を持った滑らかな包みを形成する。ところが、ウイルスが細胞やリソソーム(lysosome)に運び込まれると、酸性環境によってたんぱく質は別の形に変わる。右図下に示したPDBエントリー 1ok8 の構造は、3つの分子が集まってくぎ状になったものである。このくぎの先には明るい赤で示した疎水性アミノ酸があって、これがリソソームの膜に差し込まれ、ウイルスの膜とリソソームの膜が融合する。その結果RNAが細胞内に放出され、感染が始まる。インフルエンザウイルスの表面にある 赤血球凝集素 たんぱく質も似た役割を持っているが、その機構は全く異なっている。

デングワクチン探し

デングウイルスワクチンの開発は難しいことが分かっている。理由の一つは、デングウイルスには4つの主要亜型があって、それぞれウイルスたんぱく質が少しずつ異なっていることによる。致命的出血は、そのうちの一つの亜型に感染し、その後別の亜型に感染した時に起こると現在では考えられている。最初の感染によって得られた抗体と免疫は、別の亜型の感染を手助けしていて、全ての亜型に対する免疫とはならないことが明らかになっている。このことは、有効なワクチンは同時に4つの亜型に対抗する抗体の産生を促す必要があることを意味するが、その偉業はまだ達成されていない。

新たなウイルス作り

左:メチル基転移酵素とポリメラーゼ(PDB:1l9k、2j7w) 右:たんぱく質分解酵素とヘリカーゼを含むNS3(PDB:2vbc)

デングウイルスは一旦細胞内に入ると、新しいウイルスを作るためのたんぱく質も作る。上図には、その中で主なものを2つ示した。どちらも複合機能たんぱく質で、いくつかの酵素を一緒にしたものである。上図左に示したのはPDBエントリー 1l9k とPDBエントリー 2j7w から得られた NS5 で、これにはメチルトランスフェラーゼ(メチル基転移酵素、methyltransferase)とポリメラーゼ(polymerase)が含まれる。一方上図右に示したのはPDBエントリー 2vbc から得られた NS3 でたんぱく質分解酵素とヘリカーゼを含む。いずれの酵素もそれぞれ異なる生活環の段階を司っている。ポリメラーゼはウイルスRNAに基づいて新しいRNA鎖を作り、ヘリカーゼはこれらの鎖を分離するのを助け、メチル基転移酵素はメチル基を鎖の末端に付加し、細胞のリボソームにうまくウイルスのたんぱく質を作らせるようにする。ウイルスのたんぱく質は1本の長いポリたんぱく質鎖として作られ、最終的にはたんぱく質分解酵素によって機能単位へと切り離される。青で示した短い鎖は、他のウイルスたんぱく質 NS2B の一部で、これはたんぱく質分解酵素活性を手助けしている。

構造をみる

180個のデングウイルスエンベロープたんぱく質(白)表面に120個の抗体Fab断片(青)が結合したもの(PDB:2r6p)

上の画像をクリックすると画像を対話的操作のできるモードに切り替えることができます。

低温電子顕微鏡は、デングウイルスの生活環について様々な観点から研究するのに用いられてきた。これらの構造は、まず電子顕微鏡によって得られたウイルスの低分解能の画像(原子を見るには十分ではない)を用い、それに個々の断片の原子構造を当てはめて最終的な構造模型を作ったものである。ここに示したのは PDBエントリー 2r6p のもので、ウイルスの表面にあるエンベロープたんぱく質(白)にたくさんの抗体Fab断片(青)が結合している状態を示している。研究者たちはこの構造をよく見て、抗体がエンベロープたんぱく質の並びをゆがめ、感染時の通常作用を阻害していることを発見した。PDBには、別のデングウイルスの構造も登録されており、未成熟型のウイルス構造(例:PDBエントリー 1n6g )やウイルス被膜の一部がエンベロープにかかっている構造(例:PDBエントリー 1p58 )などを見ることができる。

2008/06/23 にキーワード「dengue virus」でPDBエントリーを検索して作成した関連エントリー一覧はこちらのリスト

理解を深めるためのトピックス

  1. デングウイルスは180個のエンベロープたんぱく質で囲まれています。他にも同じたんぱく質が集まってできたカプシドによって囲まれたウイルスはたくさんありますが、そのたんぱく質数は60の倍数(180、240、420など)であることがよくあります。これらの数は何を意味しているのでしょうか?それぞれの事例をPDBから探してみて下さい。
  2. デングウイルスはフラビウイルス科(Flaviviridae family)に属するウイルスで、マダニや蚊によって広められます。この科には他に、黄熱病ウイルス(yellow fever virus)や西ナイルウイルス(West Nile virus)も属しています。PDBにある構造を見て、これらのウイルスが作るたんぱく質もデングウイルスのものと似ていることを確かめてみて下さい。
  3. デングウイルスは感染した細胞の細胞質で複製を行い、細胞の核には入りません。これによって起こりうる問題が何なのか、そしてその問題をどのようにして10種しかないウイルスたんぱく質を使って解決しているのか分かりますか?

参考文献

デングウイルスのエンベロープたんぱく質120量体(PDB:1k4r)

当記事を作成するに当たって参照した文献は以下の通りです。

  • S. Mukhopadhyay, R. J. Kuhn and M. G. Rossmann 2005 A structural perspective of the Flavivirus life cycle. Nature Reviews Microbiology 3 13-22
  • S. S. Whitehead, J. E. Blaney, A. P. Durbin and B. R. Murphy 2007 Prospects for a dengue virus vaccine. Nature Reviews Microbiology 5 518-528
  • S. B. Halstead 2007 Dengue. Lancet 370 1644-1652
  • R.-F. Qi, L. Zhang and C.-W. Chi 2008 Biological characteristics of dengue virus and potential targets for drug design. Acta Biochimica et Biophysica Sinica 40 91-101



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