079: アミロイドβ前駆体たんぱく質 (Amyloid-beta Precursor Protein)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2006年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
アミロイドβ前駆体たんぱく質の細胞外ドメイン(上から、PDB:1mwp、PDB:1owt、PDB:1rw6)と細胞貫通ペプチド(PDB:1iyt)

ジキルとハイドのように、一見無害なものが有害なものに変わってしまう、そんなたんぱく質がある。アミロイドβ前駆体たんぱく質(amyloid-beta precursor protein)は重要な事例の一つである。これは大きな膜たんぱく質で、通常は神経の成長と修復に欠かせない役割を果たしている。ところが人生の後期になって、間違った型をとったこのたんぱく質が神経細胞を破壊することがあり、そうなると思考と記憶が失われるアルツハイマー病(Alzheimer's disease)を引き起こす。

APPの解剖

アミロイドβ前駆体たんぱく質(APP)は多くの機能を持つ複雑なたんぱく質である。APPは身体中のあらゆる細胞の表面で見られる。多くの膜結合たんぱく質と同様に、柔軟な結合部分でつながれた数個のドメインで構成されおり、そのことがそのままの形で研究するのを難しくしている。PDBデータベースを検索すると、4つのAPP断片が見つかる。右図に示した、細胞外に伸びている3つのドメイン(上3つの青い分子、上からPDBエントリー 1mwp1owt1rw6 )と、膜を貫通する特別なペプチド(緑色、PDBエントリー 1iyt )である。細胞内にも小さなドメインがあるが、ここでは概略位置を図下部に円で示した。

こま切れの断片が機能する

APPは、そのままの膜たんぱく質の時も壊れて断片になった時もそれぞれに役割を果たしている。いくつかの過程で中心的な役割を果たしているが、その詳細全てを解き明かすのは難しく、APPの持つ機能の多くはまだこれから発見や研究が行われるところである。壊れる前のたんぱく質は受容体たんぱく質で、 Gたんぱく質 機構を通して信号を伝達する。またヘパリン(heparin)、ラミニン(laminin)などの細胞外にある多くの構造的分子にも結合するので、細胞接着において何らかの役割を果たしているかもしれない。

APPは セクレターゼ (secretase)と呼ばれる専門のたんぱく質分解酵素の集まりによっても分解され、数個の機能断片になる。セレクターゼは図に緑色で示した小さなペプチドの両側を切断する。上にある大きい方の断片は細胞外に放出され、神経成長の制御を助ける。下にある小さい方の断片は細胞内に放出され、核にあるたんぱく質合成機械と相互作用する。そして真ん中に残る小さなペプチドが最も研究されている部分である。なぜならこれがアルツハイマー病において中心的な役割をするからである。

危険なペプチド

この小さなペプチドはアミロイドβペプチド(amyloid-beta peptide)と名付けられ、その小ささに対して不釣り合いに大きな害をもたらす。切断前のたんぱく質全体の中では、この部分が膜を貫通する部分にあたり、たんぱく質をつなぎ止めている。ところが切断されて自由なペプチドになると、膜を離れ形を変化させて凝集し、長い原繊維になる。この強固な原繊維は神経細胞に密集した斑点を形成する。この斑点が徐々に蓄積し、神経細胞内に2つ目のたんぱく質の蓄積も伴うと、脳は徐々に通常の機能を失い認知症(dementia)が始まる。

APPの切り抜き

βセクレターゼ(PDB:1fkn)

いくつかのセクレターゼがアミロイドβ前駆体たんぱく質を分解して構成要素を別々にする。ここに示したβセクレターゼ(beta-secretase、PDBエントリー 1fkn )はアミロイドβ前駆体を切断して大きい方の断片を細胞外へ放出する。この酵素は典型的なアスパルチルプロテアーゼ(aspartyl protease)で、胃の中でたんぱく質を消化する ペプシン に似ている。この構造の活性部位には、緑色で示した小さなペプチドがある。通常はこの結晶構造では見えない短く突き出た部分によって細胞表面につなぎ止められているのが見られる。ここには示していないガンマセクレターゼ(γ-secretase)は、アミロイドβペプチドの下の部分を切り出す。これは特に変わった酵素で、膜の中にあるたんぱく質鎖切ることができる。

構造を見る

アミロイドβ前駆体たんぱく質の細胞貫通ペプチド(PDB:1iyt)

PDBでアミロイドβペプチドを見ると、2種類の外観が見つかる。左に示したPDBエントリー 1iyt は、膜と相互作用している状態と思われるペプチドの構造である。ほとんどがαらせんに折りたたまれ、多少伸びた構造を作っている。右に示したPDBエントリー 2beg の構造は、アミロイド原繊維の状態となった型を示している。何千ものペプチドが互いに積み重なり、それぞれが隣接する分子と相互作用して長いβシートを形成している。

これらの構造はNMRによって決定されたため、PDBファイルには似た構造データ(アンサンブル)が複数含まれています。多くの可視化プログラムでは重なった構造の集まりを表示してしまうことに注意して下さい。

なお、遺伝学的観点から見たアミロイドβ前駆体たんぱく質に関する追加情報が、欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)の「 今月のたんぱく質 」(Protein of the Month)で提供されている。また、2006/06/30 にキーワード検索を行って得られた「amyloid-beta precursor protein」に関連するPDBエントリーの一覧をこちらのリストで見ることができる。

アミロイドβ前駆体たんぱく質についてさらに知りたい方へ

アミロイドβ前駆体たんぱく質の細胞貫通ペプチド(PDB:1iyt)

当記事を作成するに当たって用いた参考文献を以下に示します。

  • P. R. Turner, K. O'Conner, W. P. TateW. C. Abraham 2003 Roles of amyloid precursor protein and its fragments in regulating neural activity, plasticity and memory. Progress in Neurobiology 70 1-32
  • C. Morgan, M. Colombres, M. T. NunezN. C. Inestrosa 2004 Structure and function of amyloid in Alzheimer's disease. Progress in Neurobiology 74 323-349
  • C. Reinhard, S. S. HebertB. de Strooper 2005 The amyloid-beta precursor protein: integrating structure with biological function. EMBO Journal 24 3996-4006



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