021: 抗体 (Antibodies)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2001年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)

分子の番犬

抗体(PDB:1igt、重鎖2つ(赤・橙)、軽鎖2つ(黄)の4量体、上端左右にある窪みが基質結合部位)

抗体は我々の体内にある分子の番犬で、ウイルス、細菌などの招かれざる訪問者を監視している。抗体は血液中を循環し、触れるものは全て精細に調べている。もしそれが見慣れない外来のものであった時、抗体はその表面に強く結合する。それが、先月の「今月の分子」で紹介した 風邪ウイルスやポリオウイルス のようなウイルスであった場合、抗体が結合して包み込んでしまうことで十分感染を防げる。ところが、細菌に対しては抗体単独では対応しない。抗体が細菌の表面に結合する時は、免疫機構が持つ強力な防御機構に警告する目印としての役割を果たすのである。

対象物をつかむ

抗体および免疫機構で使われるその他の分子は特有の形をしている。それらは通常、末端に結合部位がある数個の柔軟な腕でできている。これはこう考えるとよく理解できる。抗体はこれから闘う攻撃者を前もって知ることはできないので、自由な部分を開いている、と。柔軟な腕は結合部位と一緒に動き、両腕であらゆる形の対象物をつかむ。ここに示すのは PDBエントリー 1igt から得られた抗体で、上端の左右に伸びた両腕の先それぞれ1つずつ、合計2つの結合部位を持っている。細く柔軟な鎖がこの2つの腕を下にある中心ドメインとつないでいることに注目して欲しい。抗体の中にはこれよりも長い柔軟な結合部で腕がつながれているものもあり、対象物の表面にある足がかりを探す際より広範囲に手を伸ばすことができる。また結合部位を4つまたは10個もつ抗体もあり、この抗体は各結合部位の結合力は弱いものの全体として強固に対象物と結合できる。

数の力

血液中には1億種以上の抗体がある。各種とも結合対象とする分子は異なっている。そして意外にも、全ての抗体はウイルスや細菌に出会う前に作られている。ウイルスや細菌に感染する時に特別な抗体が作られるのではない。抗体はあらかじめ作られて、ウイルスや細菌が攻撃してくるまで待っているのである。これだけたくさんの種類の抗体があれば、中には1つや2つはぴったり合って病原体に結合し、感染に対抗できるものがある。

この膨大な抗体のコレクションは、抗体を作る血球であるリンパ球の中にある遺伝子の組み換えによって作られている。各リンパ球はそれぞれ異なる型の抗体を作っていて、どんな型の抗体を作るかは抗体遺伝子がどのように組み換えられたかに依存している。抗体がウイルスや細菌に出会うと、それに応じたリンパ球が増殖し、侵入者と闘うのに必要となる特定の抗体を含んだ血液が押し寄せる。リンパ球は作り出した抗体に対して微調整も行うこともあり、これによってより強くより特異的に結合するよう仕立てられる。

抗体の構造

抗体は4つの鎖で構成されており、うち2つは長くて重い鎖(赤、橙)、あと2つは短くて軽い鎖(黄)である。特異的結合部位は2つの腕の先端、軽い鎖と重い鎖の間に作られた窪みに位置している。結合部位はたんぱく質鎖に含まれる数個の環状領域で構成されており、各領域の長さと構成アミノ酸はかなり異なっている。この「非常に変化に富んだ環状領域」における違いが、抗体の種類ごとに異なる様々な型の窪みを作っていて、それぞれが別々の対象に特異的に結合する。抗体の残りの部分〜腕の残りの部分と2つの腕を結んでいる大きな定常ドメイン〜の構造は比較的一様で、抗体が他の免疫機構と相互作用する際に便利な足がかりとなる。

様々な角度からの攻撃

リゾチーム(緑)と結合した3つの抗体のFab断片(PDB:1fdl, 1YQV, 3HFM)

血液中で外来の分子が見つかると、様々な抗体がそれに結合して色々な角度から攻撃を加える。ここに示したのは3種類の異なる抗体がたんぱく質リゾチーム(中央の緑色部分)に結合したものである。この結晶構造に含まれる各抗体(PDBエントリー 1fdl1yqv3hfm )はそれぞれ片方の腕(抗原結合断片(antigen-binding fragment、Fab)と呼ばれる)しか含まれない。これは研究を行いやすくするためになされた処置である。抗体の残りの部分は図の端から伸びているように示されている。各抗体は小さなリゾチーム分子に対して、全く違う場所に結合していることに注意して欲しい。

触媒のような抗体

ディールズ・アルダー反応を触媒する触媒抗体(PDB:1c1e)緑色の分子は遷移状態に似せた分子、下図はディールズ・アルダー反応

研究者は免疫機構の途方もなく種類の多い機能を賢明な方法で利用してきた。その方法とは、新たな酵素を設計するというものである。酵素は分子をゆるめて容易には進まない化学的変化を進ませることによって働く。例えば、左図下部に示したディールズ・アルダー反応(Diels-Alder reaction)を見て欲しい。左に描かれた2つの分子が一緒になって、赤で描かれた中央の不安定中間体が形成される。そして、中間体は分解され、二酸化硫黄が放出されて、右に示した目的の生成物が作られる。酵素は中間体を安定化させ、反応の開始から終了までを進みやすくしているのである。

抗体を酵素にするには、似た方法でこの中間遷移状態を安定化させる抗体を見いだす必要がある。研究者は遷移状態に似せた分子に結合する抗体(左図の緑の分子)を見いだすことでこれを成し遂げた。この抗体酵素は触媒抗体と呼ばれる。ここに示した触媒抗体は PDBエントリー 1c1e から得られたもので、左図下に示したディールズ・アルダー縮合反応を進める。これは重要なことである。なぜなら、この種の反応は天然に存在するどの他の酵素も行わないからである。他にも切断反応や縮合反応を行う抗体がPDBにたくさん登録されている。中にはそれを使う以外に反応方法がないものも含まれている。

構造をみる

抗体(PDB:1igt,1IGY,1HZH)

抗体は非常に柔軟であるため、完全な状態の抗体を研究するのは難しい。何百もあるPDBで利用可能な抗体構造のほとんどは抗体の断片である。よくあるのがFab腕に特異的結合を行う窪みが結合しただけのものである。ここに示すのは3つの完全な抗体の例である(PDBエントリー 1igt1igy1hzh )。いずれの例も構造を見るのには良い例である。どのようにして抗体がねじれて別の形に変化することができ、異なる結晶格子に詰め込まれるのかに注意して欲しい。これによって、抗体分子がその対象物に結合できる動作範囲についてある程度わかるだろう。

2001年9月時点でPDBに登録されていた抗体に関するエントリ一覧を開く

抗体についてさらに知りたい方へ

抗体(PDB:1igt、重鎖2つ(赤・橙)、軽鎖2つ(黄)の4量体、上端左右にある窪みが基質結合部位)

以下の参考文献もご参照下さい。

  • David R. DaviesSusan Chacko 1993 Antibody structure. Accounts of Chemical Research 26 pp.421-427
  • Life, death and the immune system, a special issue of scientific american , September 1993 .
  • David R. Davies, Eduardo A. PadlanSteven Sheriff 1990 Antibody- antigen complexes. Annual Reviewof Biochemistry 59 pp.439-473



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