015: 転移RNA (Transfer RNA, 運搬RNA)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2001年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)

フェニルアラニン運搬RNA(PDB:4tna)

DNAによって指示されるたんぱく質合成過程が発見されてから、科学者と哲学者は多少なりとも真剣に3つで1組となる核酸暗号(コドン)とアミノ酸の化学的性質との関係を調べてきた。この試みはどれも失敗に終わったが、今でも時々推論の話題となる。それは生命起源の本質を見抜く可能性があるからである。ただ、遺伝暗号とアミノ酸自身との間に特別な相互作用はなさそうで、両者の対応は運搬RNAによって行われる。この運搬RNAは、ヌクレオチドという言語で書かれた暗号をアミノ酸という言語で書かれたたんぱく質へと翻訳するロゼッタストーンなのである。この翻訳は物理的で直接的である。各運搬RNAの末端には遺伝暗号を認識するアンチコドンがあり、もう一方の端には暗号に合ったアミノ酸がある。

高い正確性

たんぱく質生産における誤りは運搬RNAの両方の端で起こりうる。運搬RNAの先端には適切なアミノ酸が付加され、成長中のたんぱく質鎖にアミノ酸を付け加える準備が出来ていなければならない。アミノアシル運搬RNA合成酵素(amino-acyltRNA synthase)と呼ばれる酵素群がこの仕事を管理している。この酵素群は通常約10000回に1回の割合で間違ったアミノ酸を運搬RNAに装填する。この興味深いたんぱく質については 来月 により詳しく見ていくことにする。誤りは、もう一方の端でも起こりうる。それが起こるのは、運搬RNAのアンチコドンを遺伝暗号と符合させる時である。こちらはアミノ酸の時ほど正確ではなく、約500回に1回の割合で間違いが起こる。また、各暗号は3ヌクレオチドの長さを持つため、正しい読み取り枠ではなくくずれた位置に結合することがある。こうなると、ずれた場所以降全ての運搬RNAが間違った位置に並んでしまい、たんぱく質の残りの部分を狂わせてしまうことになる。幸いなことに、遺伝配列が間違った枠で読み取られたとしても、停止暗号がたくさんあるため数十個のアミノ酸が付加されたところでたんぱく質合成は中断されるだろう。

悪い状況を最大限利用する

生物学的進化は、欠点を有利なものにする能力に優れている。問題点を有利なものに変える何らかの方法があるなら、自然選択過程はいずれその方法を見つけ出すだろう。たんぱく質合成の誤りも例外ではない。コドンに正しくないアンチコドンを対応させてしまう誤りも、読み取り枠がずれることによる誤りも、ある生物では特別な役割を果たしている。翻訳開始の信号は、場所によって異なるコドンが使われている。その開始コドンにはGUG、UUG、AAUがあるが、いずれも同じメチオニン運搬RNAを使う。この運搬RNAは通常はAUGのコドンを認識するものである。よってたんぱく質を作るためには、メチオニン運搬RNAがこれらの誤ったコドンと組みにならなければならない。読み取り枠のずれは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス、エイズウイルス)の生活環には欠かせない。ウイルス内部に含まれるたんぱく質全てを含んだ長いポリたんぱく質を作る時、リボソームは運搬RNAを正しく持ってこなかったり読み取り枠をずらしてしまったりしておよそ5%の割合で間違いをおかす。これによってリボソームは通常の停止コドンを見逃し、通常より長いたんぱく質を作ってしまう。この時々起こる誤りはウイルスの生命にとっては重要である。なぜなら通常より長いたんぱく質はウイルスのゲノムを転写する酵素を含んでいるからである。

運搬RNAの構造

左:フェニルアラニン運搬RNA(PDB:4tna) 右:アスパラギン酸運搬RNA(PDB:2tra)

運搬RNA分子は、70〜90個のヌクレオチドが連なった短いRNA鎖が三つ葉型に折りたたまれてできている。2種類の運搬RNA分子を上図に示した。左が PDBエントリー 4tna のフェニルアラニン運搬RNA、右が PDBエントリー 2tra のアスパラギン酸運搬RNAである。RNA鎖の2つの末端はお互いに、上図の上の方にあるL型構造のとがった方の端で接近する。アミノ酸が矢印で示したこの場所に付加される。鎖の中央部分は、図の下の方に示す角の丸いL字型の直線部分を形成し、その底の部分にアンチコドンとなる3つのヌクレオチドが露出している。三つ葉の残り2つの葉はL字型の折れ曲がり部分に折りたたまれており、分子全体の構造を形作っている。通常RNAに用いられる4種類の塩基〜アデニン、ウラシル、グアニン、シトシン〜は、そのままでは丈夫な構造を作ることはできない。なぜなら塩基の多くは構造を強化するために修正されるからである。特に興味深い次の2つの例を見て、開始メチオニン運搬RNA(PDBエントリー 1yfg )またはフェニルアラニン運搬RNA(PDBエントリー 4tna と PDBエントリー 6tna )のアンチコドンに隣接する37番塩基に注目して欲しい。

構造をみる

アスパラギン酸運搬RNA(PDB:2tra)ヌクレオチドの34〜36番はもう1分子結合しており互いに塩基対を形成している。

フェニルアラニン運搬RNA(PDB:4tna)通常のシトシン-グアニン塩基対に、メチル化されたグアニンが3つ目の塩基として対形成に参加している。

もちろん、運搬RNAの構造を調べる際まず見てみたいのはアンチコドンである。PDBエントリー 2tra のアスパラギン酸運搬RNAは、2つの別々の分子のアンチコドンが結合して一緒になり結晶格子の中で2量体を形成している。それが上の図で示されている。2つ目の分子(図では炭素原子が緑色で示されている)由来の断片を見ると、どのようにしてメッセンジャーRNAのコドンが運搬RNAのアンチコドンに結合するのかが分かるだろう。ここに示した構造では、34番のグアニン、35番のウラシル、36番のシトシンがアンチコドンを形成している。下の図は、PDBエントリー 4tna のフェニルアラニン運搬RNAの構造で、3つの塩基の相互作用を示している。シトシンとグアニンは、DNAでも見られる典型的な塩基対を形成するが、2つ目のグアニンはメチル基(右端中央の灰色の球)が付加されており、通常見られない相互作用を塩基対と形成する。

運搬RNAについて更に知りたい方へ

フェニルアラニン運搬RNA(PDB:4tna)

以下の文献も参照して下さい。

  • John G. Arnez and Dino Moras (1999) Transfer RNA. In "Oxford Handbook of Nucleic Acid Structure" (Stephen Neidle, Editor) Oxford University Press. Pages 603-651.
  • Alexander Rich and Sung Hou Kim (1978) The three-dimensional structure of transfer RNA. Scientific American 238 (No. 1), 52-62.
  • Jack Parker (1989) Errors and alternatives in reading the universal genetic code. Microbiological Reviews 53 , 273-298



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