014: インシュリン (Insulin)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2001年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)

分子の郵便配達人

ブタのインシュリン(PDB:4ins、上は原子種別に塗り分け、下は鎖別に塗り分け、黄色はジスルフィド結合)

我々の細胞は分子レベルでの郵便システムを使って通信しているが、ここでは血液が郵便サービスに、ホルモンが手紙に当たる。インシュリン(insulin)はもっとも重要なホルモンのひとつであり、血液中で刻一刻と変わる、利用可能な糖の量を記したメッセージを運んでいる。インシュリンは膵臓(pancreas)でつくられ、食後の血中糖濃度が高い時に血液へ加えられる。その後、この信号は肝臓、筋肉、脂肪細胞を含む身体全体へと広がる。インシュリンはこれらの器官に血液からブドウ糖(glucose)を取りこませ、そしてグリコーゲン(glycogen)や脂肪の形で蓄えられる。

微小たんぱく質の折りたたみ

インシュリンは極めて小さいたんぱく質である。血液の通って素早く動き、細胞表面の受容体によって簡単にとらえられてメッセージを伝達する。小さなたんぱく質は細胞に難題をもたらす存在である、というのも安定した構造として折りたためる小さなたんぱく質をつくるのは容易ではないからである。そこで私たちの細胞は、一旦より長いたんぱく質鎖を合成し、適切な構造へと折りたたむことでこの問題を解決している。折りたたんだ後に余分な部分を切り取り、成熟型では小さな2つの鎖だけが残される。この最終的に残る2つの鎖を右図下に青と緑で示している。なおこのインシュリンは豚由来のもの(PDBエントリー 4ins )である。この構造は3つのジスフィルド結合によって更に安定化されており、その3つの結合のうちの一つを各図に黄色で示している。

糖尿病

膵臓(pancreas)の損傷や老化による体の硬直によって、インシュリンの機能が損なわれ、血中ブドウ糖濃度(血糖値)が危険なまでに上昇すると糖尿病(diabetes mellitus)になる。年少期に糖尿病を発症する子供のような完全にインシュリンが欠損した人にとって、これは非常に危険な事態となりうる。身体は、血糖値が高いと尿に余分な糖を排泄しようとして脱水症状を引き起こす。またエネルギー伝達のため身体が他の酸性分子へと変換され、生命を脅かすような血液pHの変化が生じる。更に糖尿病は深刻な長期的影響ももたらし、先進諸国の間で深刻な慢性疾患の一つになっている。加齢に伴って起こりうるインシュリン量の低下は、長い時間をかけて血糖値の上昇を許してしまう。糖分子は身体の至るところでたんぱく質に付着して機能を低下させ、ブドウ糖から生じた糖の増加は細胞を変形させ動きを妨げる。

インシュリン治療

左:ブタのインシュリン(PDB:4ins)、右:ヒトのインシュリン(PDB:2hiu)

糖尿病は血液中から失われたインシュリンを人為的に補うことで治療できる。そしてもちろんこの治療には、治療で用いるインシュリンの豊富な供給源が必要である。幸いにして、ブタ由来のインシュリン(上図左、PDBエントリー 4ins )とヒトのインシュリン(上図右、PDBエントリー 2hiu )との違いは、アミノ酸がたった1個異なっているのみであり、ヒトのインシュリンではスレオニン(threonine)になっている一方の鎖のC末端の残基が、ブタではアラニン(alanine)に置き換わっている。ウシのインシュリンもまたよく似ており、3箇所でアミノ酸が異なるだけである。このように似ていることにより、これらのインシュリンはいずれも我々の細胞によって認識され、治療に用いることができる。現在では、ヒトと全く同じインシュリンを作るよう設計された細菌を用いたバイオテクノロジーによって、ヒトのインシュリンさえ作れるようになっている。

構造をみる

ヒトのインシュリン(PDB:1trz)、疎水性の中心部、電荷を持つ表目、3つのジスルフィド結合が示されている。

インシュリンはたんぱく質の構造をみるには申し分のない分子の一つで、全ての原子を表示しても、図が混乱し過ぎないぐらい十分小さい。ここにヒトのインシュリン(PDBエントリー 1trz )を示す。このエントリーには4つの鎖が含まれ、それぞれA、B、C、Dの鎖IDが割り振られている。なおこのエントリーには単量体が2つ含まれているため、この構造をみる時、インシュリンの単量体一つだけを含むA鎖とB鎖だけを表示するのがいいだろう。この構造では、たんぱく質の構造を安定化させている多くの重要な特徴がみてとれる。インシュリンの中央では、ロイシン(leucine)やイソロイシン(isoleucine)といった炭素が豊富なアミノ酸群が集まって疎水性の芯(hydrophobic core)を形成している。一方たんぱく質の表面はリジン(lysine)、アルギニン(arginine)、グルタミン酸(glutamate)といった電荷を持つアミノ酸で覆われている。これらのアミノ酸は周囲の水とうまく相互作用する。更に、システイン(cysteine)アミノ酸相互の間に形成された3つのジスルフィド結合があり、この小さなたんぱく質をより安定化させていることにも注目して欲しい。




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