005: シトクロムc酸化酵素 (Cytochrome c Oxidase)
このページはRCSBの David S. Goodsell博士による「Molecule of the Month」2000年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧下さい。
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:翻訳 工藤高裕 (PDBj)
ウシ由来のシトクロムc酸化酵素(PDB:1oco) 緑の横線にはさまれた領域が細胞膜に埋もれた部分。

酸素と生命

酸素は不安定な分子である。チャンスがあれば他の分子をばらばらにして結合するだろう。これが酸化反応過程で、車やくぎの鉄がさびるように身近な世界でよくみかけるものである。ところが、驚くべきことに、酸素分子が持つ独特な電気的性質によってこの反応は非常にゆっくりしたものとなる。だから、紙が勝手に燃え上がることはない。点火しなければ炎があがることはないのである。

全ての動植物や微生物は、酸素の不安定性を生命反応のエネルギーに使っている。食物分子は酸化され、エネルギーは新しい分子を作ること、泳いだりはい回ったりすること、再生したりすることなどに使われる。ただ、食べ物は炎の中で酸化されるのではない。ゆっくりと何段階もかけて酸化され、その各段階は慎重に制御されてできるだけ利用しやすい形のエネルギーにして取り出すよう設計されている。

シトクロムc酸化酵素(cytochrome c Oxidase)は、食べ物を酸化する反応の最終段階を制御している。この反応で、原子は全て取り除かれ、食べ物分子由来の電子だけが残る。ここに示したシトクロムc酸化酵素はこれら電子をとらえ、酸素分子に付加する。そして水素イオンを同様に付加し、2つの水分子を作り出す。

電池の充電

酸素と水素が水を作り出す反応は有益な反応で、大量のエネルギーを生み出してくれる。身近な世界において水素と酸素は爆発的に結合するが、これが飛行船に水素ではなくヘリウムを充填する理由である。一方我々の持つ細胞では、エネルギーはシトクロムc酸化酵素によって慎重に扱われて電池に充電される…恐らくより正確にはコンデンサーに蓄電される。

シトクロムc酸化酵素は膜たんぱく質である。上図にある緑の線に挟まれた領域に注目して欲しい。表面にある原子のほとんどは炭素(白)か硫黄(黄)である。これらは細胞内では膜の内部に埋まっている原子である。一方上部や下部に注目すると、電荷を持った酸素原子(赤)や窒素原子(青)で覆われている。この領域は比較的水気がある環境で、お互い膜の反対側に突き出している。この配置はシトクロムc酸化酵素によって行われる仕事にとっては完璧なもので、酸素を水にする反応は分子ポンプの動力源として使われる。酸素が使い尽くされると、水素イオンは膜を越えて汲み出されエネルギーが蓄えられる。このエネルギーは後で、ATPを作ったりモーターを動かしたりするのに使われるが、その際水素イオンは膜を越えて戻っていく。

構造をみる

ウシ由来のシトクロムc酸化酵素(PDB:1oco)の中心部。2つの銅(CopperA)はこの酵素に電子を渡す別たんぱく質の入り口、ヘム鉄と銅B(CopperB)が酸素をはさんで固定する(ここでは酸素の代わりに一酸化炭素(carbon monooxide)が結合)。

シトクロムc酸化酵素は電子を酸素分子に付加するのに金属イオンを使う。上図上部に緑色で示した2つの銅原子は、外からの入り口であると考えられている。この領域は部位"A"と呼ばれ、チトクロムcに電子を渡す小さなたんぱく質(ここには表示されていない)がチトクロムcに結合する領域に非常に近い。一方酸素分子自体は酵素の中央下部に結合する。酸素はヘム鉄原子(黄色)ともう1つの銅原子(部位"B")にはさまれ固定される。図の左部には2つ目のヘム基(heme group)があって、電子の転移を助けている。ここに示した構造(PDBエントリー 1oco )では活性部位に一酸化炭素が結合し、酸素の結合を阻害して酵素の機能を害している。

酵素の進化

ウシ由来のシトクロムc酸化酵素(PDB:1oco) 黄・橙・赤:中心の3サブユニット、青・緑:周囲を構成する10本の付加サブユニット

酸素は我々の細胞内において、ミトコンドリアと呼ばれる特別な区画の中で消費される。電子顕微鏡で見ると、ミトコンドリアは不思議なぐらい細菌に似ている。実際ミトコンドリアは、太古の昔のある時に細菌が細胞に侵入した結果生まれたものであると、今日の生物学者の多くは考えている。1匹の細菌を他の細胞の中に押し込んでみても、その押し込まれた細胞は死なない。それどころか平和的に共存するのである。そして細胞が分裂する時、中にいる細菌も同じように分裂する。そして2つの娘細胞はどちらも同じように細菌の侵入者を持つこととなる。代を重ねると、細胞と細菌は完全に依存し合うようになる。中にいる細菌はエネルギー生産に特化し、一方細胞は保護と栄養供給を行う。現在、このような細菌は我々の持つミトコンドリアなのである。

この共生関係の証拠はシトクロムc酸化酵素にも見られる。哺乳類由来のシトクロムc酸化酵素は非常に複雑で、13本のたんぱく質鎖で構成されている(ここに示すのはウシ由来の PDBエントリー 1oco の構造である)。酵素の中心には3つの大きな鎖(黄、橙、赤)があり、機能の大半を担っている。この周りに小さな10本の鎖(緑、青)が取り囲んでいる。

シトクロムc酸化酵素の哺乳類由来のものと細菌由来のものとの比較(左:ウシ由来(PDB:1oco)の中心の3サブユニット(黄・橙・赤) 右:細菌由来(PDB:1qle)

細菌が作るシトクロムc酸化酵素を上図右に示す(PDBエントリー 1qle )。これは我々のものよりずっと単純である。この酵素はたった4本の鎖で構成されている。そのうち3つ(黄、橙、赤)は我々の酵素の中心にある3つと似ている。もう1本の小さな鎖は、青色で示された図の下の方に出っ張った部分である。この細菌の酵素が、左に示した哺乳類由来の酵素の中心部といかに似ているかに注目して欲しい。

この類似性は、ミトコンドリアが細菌由来であることを認めざるをえないものであるが、この話についてはさらにおもしろいことがある。我々のミトコンドリアは実際に、自分自身を作り上げるのに必要なたんぱく質を作る機構〜DNA、リボソームなど〜を全て持っている。我々の細胞において、中心となる3つのサブユニットは我々のミトコンドリアの中で作られるが、残り10本の小さな鎖は細胞質で作られ、後でミトコンドリアで作られたものに付加される。つまり、我々のミトコンドリアは細菌のような酵素を作り、それを我々の細胞が他のたんぱく質で飾り付けて機能を調整しているのである。




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