92: タンパク質同化性ステロイド(Anabolic Steroids)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
5-α-ジヒドロテストステロン(緑、および右上の分子)と性ホルモン結合グロブリン(PDB:1d2s)

アスリートたちは、彼らがやっているスポーツでより良い成果を出すために日々努力している。彼らの多くは、体力トレーニング(フィットネス)と栄養管理による非常に厳しい練習プログラムを通して最高の状態を保ち、身体能力を限界まで発揮するための強さと体力を得ている。ところが、中には能力を更に向上させるため、生化学に注目しているアスリートもいる。人工的に身体能力向上させる方法は多数存在し、例えば、精製した細胞を注射したり、血液刺激ホルモンのエリスロポエチン(erythropoietin)を使ったりして、血液中の赤血球数を人工的に増加させる方法が用いられている。赤血球が増えると、より多くの酸素を緊張した筋肉に運ぶ事ができ、持久力において有利になる。同様に、多くの男性アスリートがテストステロンなどのステロイドホルモンを使って、通常の方法で得ることのできる水準をはるかに超えた筋肉成長を促し、筋力の上で有利な能力を得ている。こういった方法は議論の余地があるものであり、また倫理的ではないと多くの人は考えているので、組織的なスポーツ行事では一般的には禁止されている。ところが今日、ドーピングテスト(薬剤検査)スキャンダルのニュースが後を絶たないことから、いまだに広くこの方法が用いられていることが分かる。

ヒトを作る

テストステロン(testosterone)などのタンパク質同化性ステロイド(Anabolic steroid、筋肉増強剤)は、今日アスリートたちに使われている最も一般的な運動能力向上薬である。主な機能は2つあり、1つは、雄性の制御に関わるアンドロゲン(男性ホルモン)的なものである。テストステロンは、生まれる前の胎児が成長する際、雄の特徴形成を指示している。一方思春期の雄では、濃度の上昇することで少年から男性への変化を指示している。もう1つの機能は、同化的なものである。筋肉におけるタンパク質合成などの同化的反応、造血作用、性的機能の感情や身体な面を制御している。

テストステロンの働き

テストステロンは、味覚と血液循環によって自然に生成され、体全体の細胞に作用する。テストステロンの多くは血液中の輸送タンパク質に取り込まれて輸送される。輸送タンパク質には、血清アルブミンやここに示した性ホルモン結合グロブリン(PDBエントリー 1d2s)が含まれる。テストステロンは、この輸送タンパク質から徐々に放出され、細胞膜を通って細胞内に入る。一旦細胞内に入ると、多くの場合細胞の酵素によってより活性の高い型(5-α-ジヒドロテストステロン、右図の一番上にある球と棒で表現した分子)に変換される。その後更に核へ移動し、そこでアンドロゲン受容体に結合して、さまざまな遺伝子の発現レベルを変化させる。その結果、タンパク質同化性の機能や、アンドロゲン様の機能が変化する。

デザイナーステロイド

1960年代初め、重量あげ選手やボディービルダーは、タンパク質同化性ステロイドが有酸素運動や耐久性スポーツにおいて能力向上をもたらすことを見いだした。テストステロンはそれよりも早く1935年に発見されていたが、その後すぐ、それは経口摂取しても吸収されず肝臓の作用によって血液から速やかに取り除かれてしまうことが明らかになっていた。そこでテストステロンの代わりとして、様々な調整を加えたテストステロン(一般的には同化性ステロイドと呼ばれる)が開発された。これはテストステロンの類似物質であるか、もしくは体内に入ってからテストステロンに変換されるものである。その後今に至るまで、これらの物質はアマチュアかプロかを問わずアスリートたちに使用され、また濫用されもしている。1975年、国際オリンピック委員会(IOC)は禁止物質一覧にステロイドを掲載した。これは現在ほとんどのプロスポーツ組織が使用を禁止しているものである。この措置は、野心的なアスリートと規制当局との間で駆け引きを生み出した。それには、現在の検査法にひっかからないよう設計された合成ステロイド「デザイナーステロイド」や、ステロイドを常用し予定された検査の数週間前に摂取を止めて逃れようとするアスリートを捕えるためのぬき打ち検査などが含まれる。

サプリメントの効果

17-βヒドロキシステロイド脱水素酵素+アンドロステンジオン(緑)、NADP補因子(赤紫)(PDB:1xf0)

テストステロンは酵素の集合体によってコレステロールから段階的に作り出される。上図に示したのは、17-βヒドロキシステロイド脱水素酵素(17-beta hydroxysteroid dehydrogenase、PDBエントリー 1xf0)の構造で、合成の最終段階を担い、アンドロステンジオン(androstenedione)をテストステロンに変換する。上図では、アンドロステンジオンは緑で、NADP補因子は赤紫で示している。この酵素は、同化性ステロイドと関係が深い栄養補助食品(サプリメント)の主成分を作り出す。アンドロステンジオンはかつて米国内でもサプリメントとして購入することができたが、2004年にFDA(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬品局)によって処方箋なしでの販売が禁止された。アンドロステンジオンは体内でテストステロンに変換される物質で、テストステロンの10分の1程度の活性しかない。ジヒドロエピアンドロステンジオン(DHEA)は今でもサプリメントとして販売されている。この物質は、テストステロンの代謝経路において2段階離れており、DHEAから活性型テストステロンを作るには2つの酵素の働きが必要となる。

構造を見る

アンドロゲン受容体のテストステロン結合ドメイン。左(PDB:2am9)はテストステロンが、右(PDB:2amb)はTHGが結合したもの

テストステロンは細胞内に入ると、アンドロゲン受容体に結合し、様々な同化性遺伝子やアンドロゲン性遺伝子の発現を調整する。アンドロゲン受容体は、エストロゲン(女性ホルモン)受容体と非常に似ており、適当なDNA配列に結合するドメインと、テストステロンに結合するドメインがある。分子は比較的柔軟性があるので、2つのドメインは別個にX線結晶解析法によって研究されてきた。DNA結合ドメインの構造はPDBエントリー 1r4i で見ることができる(ここには図示していない)。ここには2つのテストステロン結合ドメインの構造を示している。左がテストステロンが結合したPDBエントリー 2am9 の構造で、右が合成デザイナーステロイドのテトラハイドロゲストリノン(tetrahydrogestrinone、THG)が結合したPDBエントリー 2amb の構造である。THGは「検出できない」同化性ステロイドで、2003年のBALCO社によるドーピング疑惑の時は検査対象となっていない物質であった。

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タンパク質同化性ステロイドについてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2007年8月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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