61: フェニルアラニン水酸化酵素(Phenylalanine Hydroxylase)

著者: Shuchismita Dutta, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

タンパク質のアルファベット

フェニルアラニン水酸化酵素(PDB:2pah, 1phz)

体にある皮膚(skin)、筋肉(muscle)、毛髪(hair)、骨(bone)およびその他の器官は主としてアミノ酸(amino acid)と呼ばれる20種類の建築材でできている。アミノ酸はタンパク質という言語におけるアルファベットと言えるもので、ある特定の順序で組み合わさると、様々な特定の機能を持つ意味のある構造(タンパク質)を作り上げる。それぞれのアミノ酸は固有の形、大きさ、電荷などの性質を持っている。そして多くのアミノ酸は糖(sugar)や脂肪(fat)の分解産物から体内で合成されたり、特定の酵素の作用によって他のアミノ酸から変換されて作られたりする。ところが、必須アミノ酸(essential amino acid)と呼ばれるいくつかのアミノ酸については、体内で合成することも他のアミノ酸から変換することもできず、摂取した食べ物から得る必要がある。フェニルアラニン(phenylalanine)はそのような必須アミノ酸の一つである。これは別のアミノ酸であるチロシン(tyrosine)と密接な関係があり、ヒドロキシル基(hydroxyl group、OH)を追加するだけでチロシンになる。肝臓(liver)細胞にはフェニルアラニン水酸化酵素(phenylalanine hydroxylase)と呼ばれる酵素があり、フェニルアラニンにヒドロキシル基を付加してチロシンに変換することができる。だからこの酵素が機能して適当なフェニルアラニンの供給がある限り、チロシンは体内で合成されチロシンを含んだ食物を摂取する必要はない。

フェニルアラニン水酸化酵素

4分子のフェニルアラニン水酸化酵素が相互作用して4量体を形成し、この酵素の機能単位となる。この4量体中の各分子は、制御ドメイン(regulatory domain)、酵素活性残基のある触媒ドメイン(catalytic domain)、そして4つの鎖を集めて4量体にする4量体化ドメイン(tetramerization domain)の3ドメインでできている。各触媒ドメインの中心には鉄イオン(iron ion)があり、これが酵素活性において重要な役割を果たす。ここには完全な酵素4量体のモデル構造を示した。この図は2つのPDBファイルからできており、酵素の触媒ドメインと4量体化ドメインはPDBエントリー 2pah から、触媒ドメインへ柔軟に付加された制御ドメインはPDBエントリー 1phz から得られたものである。

フェニルケトン尿症

驚くべきことに、通常私たちは食物からフェニルアラニンをとりすぎていて、このことが問題となることがある。普通なら、フェニルアラニン水酸化酵素によって過剰なフェニルアラニンの75%はチロシンに変換され除去されている。しかし1934年、ノルウェーの医師アスビョルン・フォーリング(Asbjorn Folling)が2人の精神的障害を持つ若い患者の尿に高濃度のフェニルアラニンが含まれていることを示した。これが最初にフェニルケトン尿症(phenylketonuria)と診断された事例であった。その後数年の内に、フェニルアラニン水酸化酵素の欠損あるいは機能不全がこの深刻な遺伝的疾患を引き起こしていることが示された。ところがこの情報が利用されるようになったのは1950年代初頭になってからであった。フェニルケトン尿症を患う子供はフェニルアラニン アミノ酸が少ない食事を摂る治療が行われ、早いうちにこの処置を行えばこの病気による症状の多くは回復しうることが示された。現在、多くの場所で一般的に新生児に対するフェニルケトン尿症の検査が行われ、もしこの病気があると診断されればフェニルアラニンを抑えた食事制限が行われる。この子供が成長しても、アスパルテーム(Aspartame)甘味料を避けることが引き続き推奨される。なぜならアスパルテームにはフェニルアラニンが含まれるからである。まれに、酵素に欠かせない補因子(cofactor)であるテトラヒドロビオプテリン(tetrahydrobiopterin)の欠損や再生成できないことによってもフェニルケトン尿症が引き起こされることがある。この場合にはテトラヒドロビオプテリンを補給する治療が行われる。

良い香りの協調

左:フェニルアラニン水酸化酵素(PDB:1pah) 右:チロシン水酸化酵素(PDB:2toh)

フェニルアラニン水酸化酵素の作用によって合成されたチロシンは様々な神経伝達物質(neurotransmitter)の合成に必要で、これは神経系に作用するだけでなく、呼吸や心拍数のような重要機能の制御も行っている。これらの神経伝達物質を合成する際、チロシンはチロシン水酸化酵素(tyrosine hydroxylase)によって更にヒドロキシル化(hydroxylated)される。おもしろいことに、フェニルアラニン水酸化酵素(PDBエントリー 1pah、上図左)とチロシン水酸化酵素(PDBエントリー 2toh、上図右)は構造的にも機能的にも互いによく似ている。そしてトリプトファン水酸化酵素(tryptophan hydroxylase、PDBエントリー 1mlw)についても同じことが言える。この最後の酵素は関連する別のアミノ酸であるトリプトファンに作用する。これら3つの酵素はいずれも鉄イオンを利用し、4量体として機能し、似たドメイン構造を持っている。フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンはいずれも芳香環(aromatic ring)構造を持っているので、これらの水酸化酵素はまとめて芳香族アミノ酸水酸化酵素(aromatic amino acid hydroxylase)と呼ばれている。

遺伝的視点から見たフェニルアラニン水酸化酵素に関する追加情報が欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)の「今月のタンパク質」(Protein of the Month)に掲載されています。

構造をみる

フェニルアラニン水酸化酵素の触媒ドメイン(PDB:1j8u)

フェニルアラニンをヒドロキシル化するには遊離酸素(free oxygen)と反応を補佐する分子(補因子)であるテトラヒドロビオプテリンが必要である。酵素反応の正確な機構は分かっていないが、補因子が酵素中にある保存残基と相互作用すること、そして鉄イオンの主な機能はこの補因子を安定化させることであることは明らかである。ここではテトラヒドロビオプテリン補因子(緑色部分)と鉄イオン(黄色の球)を伴ったフェニルアラニン水酸化酵素の触媒ドメインの主鎖構造(PDBエントリー 1j8u)を示す。反応の過程で、補因子は2つの水素原子を失い、ジヒドロビオプテリン(dihydrobiopterin、PDBエントリー 1dmw にはこの分子が見られる)を形成する。更に別の酵素がジヒドロビオプテリンに作用して元の型の補因子が復元され、次のヒドロキシル化サイクルで再利用される。

フェニルアラニン水酸化酵素の変異体はフェニルアラニンからチロシンへの変換を阻害することができる。この酵素に関して数百種の変異体が報告されている。その変異体の多くは酵素活性を失わせ、フェニルケトン尿症を誘発する。上図ではいくつかの変異部分を赤で示した。このような変異は酵素と補因子、あるいは酵素と鉄イオンとの相互作用を妨げ、酵素活性を低下させたり、止めてしまったりする。また別の深刻な変異(ここには示していない)が酵素の構造を安定化させているアミノ酸に見られる。このようなアミノ酸は酵素4量体の表面、あるいは制御ドメインと相互作用する領域に存在する。

更に知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2005年1月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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