59: 光化学系II(Photosystem II)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
光化学系II(PDB:1s5l)

30億年前に、私たちの世界は完全に変わった。それまで地球上の生命は、光、温泉、その他の地球化学的な起源によって作られた有機分子のように局所環境に存在する限られた天然資源に依存していた。ただこれらの資源はすぐに使い果たされていた。小さな細胞が光を捕らえ、細胞内反応過程のエネルギー源として利用する方法を発見した時、全てが変わった。光合成(photosynthesis)の発見によって、成長と発展における大きく新たな可能性が広がり、地球上の生命は急速に発展した。この新たな発見により、細胞は空気中の二酸化炭素を取り込み、それを水と結合して成長に必要となる原材料とエネルギーを作り出すことができるようになった。今日、光合成は地球上の生命の基盤となっていて、全ての生物を生かすための食べ物とエネルギーを供給している(多少の珍しい例外を除けば)。

光合成の色

現代の細胞は、ここに示すPDBエントリー 1s5lのような光化学系タンパク質を使って光を捕らえる。これら光化学系は光を捕らえるのに濃い色がついた分子群を使っている。これらの吸光分子には、マグネシウム(magnesium)イオンとそれを取り囲む平らな形をした有機分子から成る緑色のクロロフィル(chlorophyll)と、炭素同士が二重結合した長い鎖を持つオレンジ色のカロテノイド(carotenoid)とが含まれる。これらの分子は光を吸収し、それを電子の励起に用いる。高エネルギー状態となった電子は細胞のエネルギー供給に利用される。

励起された電子

光化学系II(photosystem II)は光合成系において最初の入口となる部分である。光化学系IIは光子を捕らえ、そのエネルギーを水分子から電子を取り出すのに使う。これら電子はいくつかの方法で使われる。まず、電子が取り除かれると水分子は分解され、泡となって出て行く酸素ガス(oxygen gas)と、ATP合成のエネルギー源として使われる水素イオン(hydrogen ion)とに分解される。ここで生じる酸素は、私たちが呼吸で使う酸素全ての源となっている。次に、電子は一連の電子輸送タンパク質へと渡され、光化学系Iに至る途中で更にエネルギーが増強される。これらの電子が反応系を通っていく際、水素イオンを膜を越えて移動させるのに使われ、更なるATP合成のエネルギーが供給される。最終的に、電子は輸送分子のNADPHに配置され、これが酵素のところに運ばれて水と二酸化炭素から糖が作られる。

反応中心

光化学系II(PDB:1s5l)下図は上図のクロロフィル周辺を拡大したもの。

光化学系IIの要は反応中心(reaction center)で、ここでは光エネルギーが励起された電子の運動に変換される。中心には重要なクロロフィル分子がある。クロロフィルが光を吸収すると、クロロフィルが持つ電子のうちの1つが高エネルギー状態へ移る。この励起された電子は下に移動し、いくつかの色素分子を通って、プラストキノンA(plastoquinone A)、そして最終的にはプラストキノンBのところに来る。この小さなキノンは十分な電子を得ると光化学系から離れ、電子を次の過程である電子伝達系へと運ぶ。もちろんこれによって電子が抜けた状態のクロロフィルからも離れる。反応中心の上半分はこの運び出された電子を水から得られた低エネルギーの電子と置き換える仕事をしている。酸素発生中心(oxygen evolving center)は水から電子をひきはがし、それをチロシン(tyrosine)アミノへ酸と渡す。これが更にクロロフィルへと運ばれ、別の光子を吸収する準備ができる。

光の取り込み

光化学系II(PDB:1s5l)の中身(中央)と集光性タンパク質(PDB:1rwt)

もちろん植物が、反応中心の特別なクロロフィルに光子が当たるのを待たなくてはいけないなら、光合成反応全体としては非常に効率の悪いものになってしまうだろう。だが幸いにして、光によって励起された電子エネルギーは共鳴エネルギー移動(resonance energy transfer)の反応過程によって簡単に移動できる。不思議な量子機構のおかげで、分子間の距離が十分近いなら、エネルギーは分子から分子へと飛び移ることができる。光化学系はこれを利用するために、光を捕らえてそのエネルギーを反応中心に移す光吸収分子を利用した大きなアンテナを持っている。また植物は、光化学系に隣接し光集めを助ける特別な集光性タンパク質(light harvesting protein)も作っている。上図は光化学系II(PDBエントリー 1s5l)を見たもので、光吸収分子の内側が全て示されている。反応中心の中央にあるクロロフィル分子は矢印で示している。なお下半分にもう1つの反応中心があることに注目して欲しい。光化学系IIは2つの同じ部分が集まって構成されている。なお図の上端と下端にある小さな三角形の分子は、クロロフィルとカロテノイドがいっぱい詰まった集光性タンパク質(PDBエントリー 1rwt)である。

構造を見る

光化学系II(PDB:1s5l)の酸素発生中心

光化学系IIの酸素発生中心はマンガンイオン(manganese ion、赤紫)、カルシウムイオン(calcium ion、青緑)、そして酸素原子(赤)でできた複雑な集合体(クラスター)である。これは2分子の水分子を捕獲して4つの電子を除去し、酸素ガスと4つの水素イオンを作る。2つの水分子が実際に結合する場所は詳しくは分かっていないが、PDBエントリー 1s5lの構造では炭酸水素イオン(bicarbonate ion)が酸素発生中心に結合しており、これが活性部位の位置を示す手がかりとなっている。図にはこの炭酸水素イオンの中にある2つの酸素原子(青)が示されている。そして一方はマンガンイオンと、もう一方はカルシウムイオンと結合している。酸素発生中心がヒスチジン(histidine)、アスパラギン酸(aspartate)、グルタミン酸(glutamate)によって囲まれ、その位置に固定されていることに注目して欲しい。また中央のチロシンは、水と光を捕らえるクロロフィルとの間に完全な橋渡しを形成していることも分かる。

この魅力的な分子を見る際、苦労することを覚悟して欲しい。この分子は大変複雑であり、その意味を理解するのに時間がかかるだろう。もし反応中心だけを見たいのであれば、非タンパク質性残基(残基番号1〜8、40、41)とそのそばにあるA鎖の161番残基(チロシン)だけを表示してみて欲しい。

"光化学系II" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで見ることができる。また、遺伝的視点から光化学系IIを学ぶには、欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI)で提供されている「今月のタンパク質」も参照のこと。

光化学系IIについてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2004年11月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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