45: エストロゲン受容体(Estrogen Receptor)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
エストロゲン受容体(上:ホルモン結合部位 紫の分子は卵胞ホルモン(PDB:1a52) 下:DNA結合ドメイン 淡茶色はDNAの主鎖、ピンクはDNAの塩基、緑は亜鉛イオン(PDB:1hcq))

私たちの体は一生のうちに2度大きな急成長をする。最初の急成長は恐らく覚えていないだろう。それは1つの細胞から完全な1個体になる最初の数ヶ月に起こった出来事なのだから。一方、2つ目の急成長については多くの記憶があることだろう(あるいは今その記憶を作っている最中かもしれない)。思春期の間、性ホルモンが2度目の急成長と発達を起こすよう然るべき組織に指示を行う。女性の場合、エストロゲンホルモンがこの変化の調整に主として関わっている。エストロゲンは卵巣で作られ、血流に乗って数秒のうちに体全体に届けられ、子供から大人への成長を指示する。

源への直行

エストロゲンは小さくて炭素に富んだ分子で、コレステロールから作られる。より分子量が大きく細胞表面の受容体で感知されるインシュリンや成長ホルモンなどのホルモンとはかなり異なり、エストロゲンは身体中の細胞に直接入り込む。そのため細胞は、核の中にある受容体をDNAが活動する場のすぐそばで利用することができる。エストロゲンが核に入ると、エストロゲン受容体に結合して組になり2量体を形成する。この2量体はDNAにある何十個もの特定部位に結合する。この結合部位は、活性化する必要のある遺伝子と隣接した場所に戦略的に配置されている。そして、このDNAに結合した受容体はDNA読み取り機構を活性化し、メッセンジャー(伝令)RNAの生産(転写)を開始させる。

大きなファミリー

研究者たちがヒトのゲノムを調べた時、エストロゲン受容体に似たタンパク質を150種以上も発見した。これは核受容体の大きなファミリーで、小さなホルモンや信号伝達の分子(ステロイドホルモン、甲状腺ホルモン、ビタミンD、レチノイン酸など)の濃度を検知する。これらの分子は全て、エストロゲンのように、細胞内に直接入り込んで核に行く道筋を見つける小さな分子である。これらの受容体はそれぞれに特有な信号伝達分子に結合し、その受容体自身をコードする50〜100の遺伝子を活性化または抑制を行う。なお、遺伝的観点で見た核受容体についての更なる説明を、欧州バイオインフォマティクス研究所の「今月のタンパク質」で見ることができる。

エストロゲンの認識

エストロゲン受容体やその他の核受容体は、1本の長い鎖につながる数個の部分で構成されている。そのうち2つの部分の構造をPDBで利用することができる。一方の端は、上図下に示すホルモンに結合する部分(PDBエントリー 1a52)である。この構造には紫色で示したエストラジオール(卵胞ホルモン)が結合している。これに特有のDNA配列を認識するDNA結合ドメインがつながる(上図上、PDBエントリー 1hcq)。最終的に、DNA結合ドメインの末端に大きなトランス活性化ドメインが付加される(ここには示していない)。受容体がDNAに結合すると、この構造がRNAポリメラーゼを活性化する。

エストロゲンとがん

左上:エストラジオール(卵胞ホルモン) 右上:エストロゲン受容体のホルモン結合部にエストラジオールが結合したもの(PDB:1qku、卵胞ホルモンは外面からは見えていない) 左下:タモキシフェン(乳がんなどの治療薬) 右下(エストロゲン受容体のホルモン結合部にタモキシフェンが結合したもの(PDB:3ert、信号伝達環が開いて不活性型になっている)

エストロゲンは細胞が適切な時に成長できるようにしている。これは思春期の間だけでなく、大人になっても必要なものである。例えば、エストロゲンは骨の成長に重要で、エストロゲン濃度が下がると骨粗鬆症を引き起こす。しかしがんの場合、エストロゲンは異常な成長を促し病気を悪化させてしまう。そこでタモキシフェン(tamoxifen)という治療薬が、エストロゲンの作用を阻害してがんを治療するのに用いられている。タモキシフェンは低分子の薬剤で形はエストロゲンに似ており、エストロゲン受容体に強く結合する。これが結合すると、受容体の表面にある信号伝達環(緑色部分)の形が変化する。上図上の分子は、エストラジオール(estradiol)が結合したもの(PDBエントリー 1qku、エストラジオールは環の下に結合しているためこの図では見えていない)である。このようにまとまった構造をとった環は、通常の成長を刺激する活性化信号の一部を形成する。一方上図下の分子は、治療薬のタモキシフェン(tamoxifen)が結合したもの(PDBエントリー 3ert)である。治療薬はホルモンよりも大きな分子なので、活性化環の構造を不活性型に変え、成長信号を阻害する。

構造をみる

DNA二重らせん(左の分子、黄色は主鎖、赤は塩基)とエストロゲン受容体のDNA結合ドメイン(右の分子、原子種ごとに色分けしている部分はDNA配列を認識するαらせん、黄色はジンクフィンガー構造を安定化させているシステインアミノ酸残基、緑は亜鉛イオン) PDB:1hcq

PDBエントリー 1hcq ではエストロゲン受容体のDNA結合部分を見ることができる。受容体は2つの「ジンクフィンガー」(zinc finger、亜鉛の指)を使ってDNAに結合する。亜鉛イオンの周りには小さなドメインが作られている。4分子のシステインアミノ酸(黄色)が亜鉛イオン(緑)の周りを取り囲んで丈夫な芯を形成し、ドメインが強固な構造となるようにしている。受容体はDNAの大きな溝にαらせんを配置している(上図はらせんを見下ろして見ている)。このらせんの一方の側にある数個のアミノ酸が手を伸ばして塩基の端をつかみ、DNAが適切な配列であることを確かめている。

"エストロゲン受容体" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで参照できます。

エストロゲン受容体についてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2003年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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