38: カリウムチャネル(Potassium Channels)

著者: Shuchismita Dutta, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
カリウムイオンチャネルのフィルタ部分(PDB:1bl8)

あらゆる生物の細胞は水っぽい内側の世界と外側の環境とを分ける膜によって囲まれている。膜は小さなイオンにとって効率的な障壁となるが(タンパク質やDNAなどの高分子にとっても同様だが)、そのことが新たな機会を提供している。イオン濃度の違いは高速な信号として使うことができるのである。例えば、細胞は内側のカリウムイオン(potassium ion)濃度を上げることができる。そして、カリウムイオンを膜上のチャネルを通してすぐに放出し、細胞を通して感じられるカリウムイオン濃度の大きな変化を引き起こすことができる。この過程は細菌、植物、動物など全ての種類の細胞で用いられる。働くイオンチャネルに関するよくある事例として、筋肉収縮(カルシウムイオン(calcium ion)の放出によって始まる)と神経信号伝達(ナトリウムイオン(sodium ion)とカリウムイオンの流れの組み合わせに関係している)の2つが挙げられる。

神経信号におけるイオンチャネル

花を匂いを嗅いでそれがバラであると分かったり、熱いものに触り急いで手を引っ込めたりする時、鼻や手の神経は脳に信号を送るためのイオンを放出し、然るべき反応が脳から送り返されている。神経細胞は信号を送る準備として、カリウムイオンを内部に蓄え、ナトリウムイオンを選択的に排出している。これによって細胞膜の内外で電位差ができる。信号を送るには、神経細胞の表面にあるナトリウムチャネルを開く。そうするとナトリウムイオンが流入し、膜内外の電位差は減少する。次にカリウムイオンチャネルが開いてカリウムイオンが排出され、電圧が元に戻る。後で別のチャネルとポンプが働き、ナトリウムイオンとカリウムイオンの細胞内外での配置が元に戻される。またうまく設計されていて、これらのチャネルは膜内外の電位差に反応し、電圧が変化することで開く。そのため、神経細胞の末端でチャネルが開きイオンの流入するとすぐに、膜上の離れた場所にあるチャネルも開かれる。その結果、チャネルを開く反応が神経細胞を走り抜け、神経信号が末端へと伝わることになる。

カリウムイオンチャネル

カリウムイオンチャネルは、カリウムイオンだけが膜を越えて流れ出し、その他のイオン(特にナトリウムイオン)は流出できないよう設計されている。これらのチャネルは通常2つの部分で構成されている。1つはフィルター部分で、カリウムイオンは通し、ナトリウムイオンは通さないという選択を行う。もう1つは出入り口(ゲート)部分で、環境信号に反応して開閉する。ここに示したPDBエントリー 1bl8の構造は、細菌のカリウムイオンチャネルのフィルター部分を示したものである。それぞれ膜をまたぐだけの幅がある4つの同じタンパク質分子が集まってできており、中央には選択的な穴が形成されている。緑で示したカリウムイオンは自由に通り抜けることができ、その速度は最大1秒間に1億個になる。しかしこのチャネルは非常に選択性が高く、カリウムイオン1万個につきナトリウムイオンは1個しか通ることができない。では次に、この選択性がどのようにして実現されているかを示すこのチャネルの結晶構造を見ることにしよう。

チャネルの開閉

左:閉じたカリウムチャネル(PDB:1k4c、1F6G) 右:開いたカリウムチャネル(PDB:1lnq)

様々な機能のために何百種類ものイオンチャネルが生きた細胞によって作られている。これらは全て似たフィルタを持っている。上図に示した2つの例では、上部にそのフィルタがあり下部にある専門の開閉ドメイン(gating domain)につながっている。膜は灰色の帯で模式的に示し、選択的フィルタは穴の内部が見えるように4つある鎖のうち2つだけを表示している。開閉ドメインは、電圧や重要な信号分子の存在などの異なる信号に基づいて開閉する。このカリウムイオンチャネルの開閉にはいくつかの構造的機構が用いられている。ここでは細菌の単純なチャネルを2つ示した。チャネルにつながったタンパク質ドメインはチャネルの4鎖をねじっていると考えられている。このことは、上図右に示した「開いた」チャネルの構造(PDBエントリー 1lnq)と、上図左に示した「閉じた」チャネルの構造(PDBエントリー 1k4c、開閉ドメイン部分はPDBエントリー 1f6gの低分解能構造)を比較して見れば明らかである。より複雑なチャネルが神経細胞に見られる。これは膜の電圧変化を検知して開閉するもので、穴の中に浮かんで物理的に穴をふさぐ小さなタンパク質の球を含んでいると考えられている。

少々驚くべきことだが、閉じたチャネルの構造には緑で示したカリウムイオンがいくつか見られるのに対し、開いたチャネルの構造はカリウムイオンのない状態で解かれている。

有毒な側面

カリブドトキシン(サソリ毒、PDB:2crd)

イオンチャネルは神経信号において重要な役割を果たしているため、これらのチャネルを妨害するものは深刻な影響を与えうる。サソリ(scorpion)はこれを利用して獲物を麻痺させる。サソリの毒には、イオンチャネルに結合してイオンの流れを妨げる強力な神経毒のセットが含まれている。ここに示した例はカリブドトキシン(charybdotoxin、サソリ毒、PDBエントリー 2crd)の構造で、カリウムイオンチャネルを攻撃し、神経信号伝達の機能を阻害する。タンパク質の表面は正に帯電したアミノ酸(濃い青)で覆われ、この部分によってイオンチャネルの穴の入り口にくっつくと考えられている。これらの毒は通常小さくて非常に安定なタンパク質である。カリブドトキシンはたった37個のアミノ酸でできている。中には3つのジスルフィド結合が含まれ、そのうちの2つが図で示されている(濃い黄)。これらの結合はこのタンパク質を有毒な形に保っている。

構造をみる

カリウムイオンチャネル(PDB:1k4c)を半分にしたもの。緑の球はカリウムイオン、赤い球は酸素

カリウムチャネルのカリウムイオンだけを通すという驚くべき能力は穴の一方の端にある選択的フィルターによって実現されている。その様子をここに図示した(PDBエントリー 1k4c)。分かりやすくするために、ここでは4つあるタンパク質のうちチャネルの一方の側にある2つだけを棒表現で表示している。小さな緑の球は選択的フィルターを通過するカリウムイオンである。通常カリウムイオンは、一番下に表示されているカリウムイオンのように、水のクッションに包まれて辺りを漂っているこのカリウムイオンは赤い球で示した8つの水分子に囲まれていることに注目して欲しい。カリウムイオンがこの選択的フィルターを通過するには、これらの水分子をはじく必要がある。これが選択的フィルターの働く仕組みである。チャネルの大きさはこの水の殻を模倣して設計されている。穴にまっすぐ並ぶタンパク質の酸素原子(赤)はチャネルの中央を向いて配置されている。これら酸素原子のうちの8個がカリウムイオンを取り囲み、通常の水分子による包みとしての役割を完全に代替する。輸送中、イオンは入口から出口の方へと穴に沿って進んでいく。カリウムイオンは、一旦フィルター部分を通り越すと、水分子によって再び包まれる。一方、ナトリウムイオンはやや大きさが小さいため、穴の壁に並んでいる酸素原子との相互作用に失敗する。ナトリウムイオンは穴の中にいるより通常通り水分子に包まれている方が快適なので、膜を越えて効率的に輸送されることはないのである。

PDBエントリー 1k4cのPDBファイルはちょっと扱いにくいだろう。このエントリーには穴を構成する4つのタンパク質鎖のうち1つだけしか含まれず、一方でチャネルに結合した大きな抗体断片が含まれているのだから。チャネルの穴全体の構造を見るには、生物学的分子(biological molecule)として見る必要がある。生物学的分子は、PDBファイルの「REMARK 350」に記された変換処理を行うことで生成できる。

4つの鎖全部とカリウムイオンを含み、水分子は1個しか含まないPDBエントリー 1bl8を見てみるのもいいかもしれない。

"カリウムチャネル" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで参照できます。

カリウムチャネルについてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2003年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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