2: バクテリオファージφX174(Bacteriophage phiX174)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
バクテリオファージφX174(PDB:1cd3)

PDBにおける歴史的な出来事

PDB(タンパク質構造データバンク)で10,000番目に登録されたバクテリオファージφX174(bacteriophage phiX174、ファイX174)は、タンパク質構造科学がこの40年間にどれだけ進歩したかを示す最適な例である。1957年、世界で初めてタンパク質の構造が観察された。最初に構造が解かれたタンパク質は、1本のタンパク質鎖と1個のヘム基(heme group)で構成される、原子数約1260個の小さなタンパク質、ミオグロビン(myoglobin)であった。一方、10,000番目のPDBエントリー には420本のタンパク質鎖、50万個以上の原子が含まれている。このように巨大な構造はPDBにおいてはまれである。ミオグロビンの構造が最初に明らかにされて以来、タンパク質構造解明に対する投資額は劇的に増加してきた。

動物? 鉱物? 野菜?

バクテリオファージは細菌を攻撃するウイルスである。バクテリオファージφX174はヒトにとって馴染みのある大腸菌(Escherichia coli)を攻撃して感染し、新たなウイルスを作らせる。あなたはウイルスが生物であると考えるだろうか?φX174は1本の環状DNAがタンパク質の殻に囲まれてできている。これでウイルス全部である。たったこれだけでDNAを細菌細胞の中に注入し、細胞にたくさんの新たなウイルスを作らせることができる。そしてウイルスは細胞を破裂させ、更なる細菌を乗っ取りに出て行く。ウイルス単独では、活性のない岩のようなものである。ところが適切な宿主細菌がいると、強力な再生産機械となるのである。あなたはどう考える? ウイルスは生きているのだろうか?

分子の時限爆弾

φX174のカプシド(capsid、殻)は細菌細胞を見つけるよう設計されていて、見つけるとウイルスのDNAを細菌に感染させる。60個のカプシドタンパク質(赤)がDNAを囲む球状の殻を、12個のスパイクタンパク質(spike protein、橙)が表面に五角形の突起を形成する。このウイルスが大腸菌細胞に感染すると、この突起の中を通してDNAが注入されると考えられている。ウイルスのDNAには11種類の遺伝子情報を含まれている。しかし、DNAはこの小さな殻に収まるよう大変短くなっているので、実際遺伝子は重なり合わなければならない。

ウイルスの凝集

バクテリオファージφX174(PDB:1cd3)右下はスパイクタンパク質の周りに足場タンパク質が結合したカプシドの構成単位。

120本のタンパク質鎖が集まって完全に対称性のある殻を作る仕事が難しいことは想像できるだろう。φX174は特別な足場タンパク質(scaffolding protein)を使って、全ての鎖が適切な場所に落ち着くのを確実なものにしている。カプシドタンパク質とスパイクタンパク質はそれぞれ5個ずつが集まって五角形の単位を形成する。次に、足場タンパク質(淡い青と紫の部分)がこの五角形の構成単位を並べて20面体の全体構造を作り、最後にDNAを中に入れて完成させる。足場タンパク質は小さなタンパク質で、五角形単位の内外両表面に結合する。そして別の単位の隣りに適切な位置関係になるよう配置していく。

中にあるDNA

φX174は全てのゲノム配列が決定された初めての生物として知られる。このウイルスは、長さ5386塩基対が小さな環になったDNAを1つ持つ。成熟したウイルスの場合、この小さな環状DNAは20面体の形をしたタンパク質殻の中に収められている。この中にあれば、不幸にしてウイルスの標的となった細菌へ安全に運び込むことができる。PDBエントリー 1cd3にはカプシドタンパク質の原子座標は含まれるが、カプシドの中にあるDNAの原子座標は含まれていない。DNAは、美しい20面体型の対称な形状を持つカプシドに適合せず、X線結晶学によって解くことはできないのである。私たちは、最後の5量体がカプシドを閉じるところを捕らえて、殻の内部の様子を想像しなければならない。

構造をみる

バクテリオファージφX174のカプシド構成単位(PDB:1cd3)中央の赤い部分はカプシド、上の橙の部分はスパイク、左上と下の青い部分は足場タンパク質。
バクテリオファージφX174のスパイクタンパク質(PDB:1cd3)

このバクテリオファージのサブユニットは簡単に見ることができる。PDBエントリー 1cd3の構造は7つの鎖で構成されている。G鎖のスパイクタンパク質は小さく、F鎖のカプシドタンパク質は大きい。どちらの鎖も2つのβシート(beta sheet)で構成され、これが一般に「βサンドイッチ」(beta sandwich)と呼ばれる構造を作り、非常に安定になっている。左図下のリボン図はスパイクタンパク質の鎖を示している。どのようにして矢印で示したβ鎖(beta strand)が並び2つのシートが形成されているかに注目して欲しい。このようなβサンドイッチ構造はさまざまな種類のウイルスで見られるものである。

4つの小さな足場タンパク質(1鎖,2鎖,3鎖,4鎖)はカプシドタンパク質とスパイクタンパク質との間に来るよう配置され、最終的にウイルスカプシドの外側に落ち着く。もう1つの小さな足場タンパク質(B鎖)はカプシドの内側に見られ、ここでDNAを捕らえるのを助けている。カプシドの1つのサブユニットだけを取り出して見た詳細な原子の様子と、前章で示したカプシド全体の図とを比べてみて欲しい。全体には、この7つのタンパク質それぞれが60個ずつ含まれている。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2000年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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