192: バンコマイシン(Vancomycin)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

バンコマイシン(青)と細菌のペプチドグリカン鎖の短い類似分子(赤)(PDB:1fvm)
ここに示す構造にはバンコマイシン(青)と細菌のペプチドグリカン鎖の短い類似分子(赤)が含まれている。

現在私たちが持っている抗生物質の大半は、この世界にいる本当の感染制御の専門家である細菌や菌類から借りてきたものである。これらの生物は、外敵を煙に巻く一連の風変わりな化合物兵器で自身を保護している。この兵器は、競合相手の弱点を攻撃するよう進化させてきたものである。ペニシリン(penicillin)を含む多くの抗生物質化合物は酵素自体を攻撃して作用を妨げ、最終的には感染しようとしてくる細菌を殺す。一方バンコマイシン(vancomycin)は、細菌酵素によって作られた化合物を攻撃する。

構築を妨げる

細菌は短いペプチドで架橋された糖鎖でペプチドグリカン(peptidoglycan)と呼ばれる網構造を作り、これにより強固な細胞壁を構築している。この網構造は糖鎖を横たえる、それらをつなぐペプチドを作るなどいくつもの段階を経て構築される。バンコマイシンはこの過程の最終段階近くで作用する。架橋ペプチドの一端には2つのアラニンアミノ酸(より詳しく言うと、通常のL-アラニンではなく、立体化学的に反対の構造をしているD-アラニン)がある。架橋を作る際、末端のアラニンが取り除かれ、残りのペプチドは隣接するペプチドへと付加される。図に示すように、バンコマイシン(PDBエントリー1fvm)はD-アラニン-D-アラニンペプチドと強固に結合することで、架橋を作れなくする。

陽性と陰性

実は、バンコマイシンは一部の細菌にしか効かない。ブドウ球菌(Staphylococcus)のような細菌には、細胞を取り囲むぶ厚いペプチドグリカン層がある。クリスタルバイオレット染色(crystal violet stain、グラム染色の一種)を行い顕微鏡で観察すると染まって見えることから、これらの細菌はグラム陽性菌(gram positive bacteria)と呼ばれている。バンコマイシンはこのタイプの細胞壁形成を阻害するのに効果的で、現在はグラム陽性菌による持続的感染に対抗する最終的な抗生物質として使われている。一方大腸菌などのグラム陰性菌(gram negative bacteria)の場合、ペプチドグリカン層は外膜の下に作られ、染色やバンコマイシンによる攻撃から保護されている。そのため、グラム陰性菌に入っていくにはペニシリンのようなより小さな分子の抗生物質が必要なのである。

古代の抵抗

3万年前の古い細菌に由来する再構築されたVanA(PDB:3se7)。結合しているATPは赤で示す。
3万年前の古い細菌に由来する再構築されたVanA。結合しているATPは赤で示す。

細菌は抵抗すべき対象となる分子をを取り除くことにより、バンコマイシンへの抵抗できるようになる。VanAタンパク質は他の2種類のタンパク質から助けを得て、ペプチドグリカン鎖の末端にアラニンではなく乳酸基を付加する。この違いは、網構造を作る働きには特に影響しないが、抗生物質にとっては受け入れられない変化となる。ここに示すVanA(PDBエントリー3se7)は古代の細菌に由来するタンパク質で、3万年前の永久凍土層片から見つかったDNAから作り出したものである。驚くべきことに、これは現代の細菌が作るVanAと非常に似ている。このことは抗生物質とそれに抵抗する細菌との戦いは、医科学の分野で抗生物質が発見されるずっと前から続いていることを示している。RCSB PDBの構造比較ツールを使うと、古代の細菌が持つタンパク質と現代の細菌が持つタンパク質の構造を比較できる。

構造をみる

(左)VanA(PDB:1e4e)(右)D-アラニン-D-アラニンりガーゼ(PDB:2dln)

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私たちは別の細菌タンパク質をみることによりVanAの進化について学ぶことができる。VanAはD-アラニン-D-乳酸りガーゼであり、これは成長中のペプチドグリカン鎖に乳酸を付加することを示している。一方、通常のペプチドグリカン鎖を作る酵素はD-アラニン-D-アラニンりガーゼで、ペプチドグリカン鎖にアラニンを付加する。両者の構造(PDBエントリー1e4e2dln)を比較するとかなり似た構造をしていることが分かる。そしてこのことは、抵抗性をもたらす酵素は通常の酵素から進化してできた証拠と言える。図の下のボタンをクリックして、対話的操作のできる画像に切り替え、2つの構造をより詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 糖ベプチド抗生物質(glycopeptide antibiotics)で検索すると、様々な類似の抗生物質とそれを合成に関わる酵素について見ることができます。
  2. バンコマイシン抵抗性に必要なタンパク質の一つVanXタンパク質の構造をPDBエントリー1r44で見ることができます。これは細胞壁にあるD-アラニン-D-アラニンペプチドを分解する小さな酵素で、修飾ペプチドを作るVanAがあるとそちらに場所を譲ります。

参考文献

  1. 3se7 V. M. D'Costa, C. E. King, L. Kalan, M. Morar, W. W. L. Sung, C. Schwarz, D. Froese, G. Zazula, F. Calmels, R. Debruyne, G. B. Golding, H. N. Poinar & G. D. Wright 2011 Antibiotic resistance is ancient. Nature 477 457-461 DOI:10.1038/nature10388 PMID:21881561
  2. 1fvm Y. Nitanai, T. Kikuchi, K. Kakoi, S. Hanamaki, I. Fujisawa & K. Aoki 2009 Crystal structures of the complexes between vancomycin and cell-wall precursor analogs. Journal of Molecular Biology 385 1422-1432 DOI:10.1016/j.jmb.2008.10.026 PMID:18976660
  3. 1e4e D. I. Roper, T. Huyton, A. Vagin & G. Dodson 2000 The molecular basis of vancomycin resistance in clinically relevant Enterococci: crystal structure of D-alanyl-D-lactate ligase (VanA). Proceedings of the National Academy of Sciences USA 97 8921-8925 DOI:10.1073/pnas.150116497 PMID:10908650 PMC:PMC16797
  4. 2dln C. Fan, P. C. Moews, C. T. Walsh & J. R. Knox 1994 Vancomycin resistance: structure of D-alanine:D-alanine ligase at 2.3 A resolution. Science 266 439-443 DOI:10.1126/science.7939684 PMID:7939684
  5. J. C. J. Barna & D. H. Williams 1984 The structure and mode of action of glycopeptide antibiotics of the vancomycin group. Annual Reviews of Microbiology 38 339-357 DOI:10.1146/annurev.mi.38.100184.002011 PMID:6388496

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2015年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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