191: グルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体(Glutamate-gated Chloride Receptors)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

線虫のグルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体。グルタミン酸は黄で、抗寄生虫薬のイベルメクチンは赤で示している。神経細胞の膜は模式的に灰色の帯で示している。
線虫のグルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体。グルタミン酸は黄で、抗寄生虫薬のイベルメクチンは赤で示している。神経細胞の膜は模式的に灰色の帯で示している。

医科学の世界では、病原体のみを殺し、私たちの体には影響をおよぼさない抗生物質(antibiotic)という特効薬の探索が常に行われている。うまく見つける秘訣は、病原体だけに存在するものを見つけ、それだけを攻撃する薬を探すことにある。例えば、ペニシリン(penicillin)が攻撃対象とするのは、細菌の細胞壁(cell wall)を作る機構である。この細胞壁は私たちにはないもので、私たちの細胞をとりかこむ細胞膜とも随分異なったものになっている(ペニシリン結合タンパク質参照)。一方、寄生虫に対抗する時はより巧妙な方策が必要となる。なぜなら寄生虫が持つ分子は私たちのものと極めて似ているからである。

無脊椎動物のチャネル

病気を引き起こす寄生虫を含む多くの無脊椎動物は、グルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体(glutamate-gated chloride receptor)に頼って生きている。これは動作、摂食、情報検知など様々な種類の神経に広くみられるチャネルである。ここに示すのはその一つ(PDBエントリー 3rif)で、回虫から得られた抑制性チャネル(inhibitory channel)である。これは5本の同じタンパク質鎖でできている。上部に神経伝達物質(neurotransmitter)のグルタミン酸を認識する部分があり、認識すると神経細胞の膜を貫通しているチャネルを開いて塩化物イオンが通れるようにする。私たちの細胞はこのチャネルを使っていないので、抗生物質の攻撃対象としてうってつけである。

寄生虫を麻痺させる

2015年のノーベル生理学・医学賞はこのチャネルを阻害する薬を発見した2人の科学者に贈られた。薬のイベルメクチン(ivermectin)はこのチャネルに結合し、チャネルを開いた状態で固定する。結晶構造から分かるように、薬分子は隣接するタンパク質サブユニット間の膜貫通部分に結合する。イベルメクチンは寄生虫による感染と闘う最前線の武器となり、ヒトや家畜の治療に広く用いられている。

感受性の高い対象分子

細菌由来のリガンド開閉型チャネルにエタノールが結合した構造(左)とα-1 グリシン受容体にストリキニーネが結合した構造(右)。神経細胞の膜は模式的に灰色の帯で示している。
細菌由来のリガンド開閉型チャネルにエタノールが結合した構造(左)とα-1 グリシン受容体にストリキニーネが結合した構造(右)。神経細胞の膜は模式的に灰色の帯で示している。

私たちの神経系でもこれと似たリガンド開閉型チャネルが使われていて、感覚、思考、応答に必要となる様々な信号を運んでいる。イベルメクチンはチャネルに強く結合する訳ではなく、よく知られた他の薬剤や毒素の作用対象にもなっている。ここに2つの事例を示す。一つは、アルコール飲料などに含まれるエタノール(ethanol)が細菌のチャネルに結合した構造(PDBエントリー4hfe)で、このチャネルは私たちが持っているチャネルと似ている。イベルメクチンと同じく、サブユニット間の膜貫通部分に結合してチャネルの開閉を調節していると考えられている。一方、ストリキニーネ(strychnine)は神経伝達物質と同じ場所に結合し、抑制性信号を阻害する。その結果、神経信号が制御できなくなって致死的な筋肉収縮を引き起こす(PDBエントリー3jad

構造をみる

グルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体(左:グルタミン酸とイベルメクチンが結合して開いた状態 PDB:3rif、右:閉じた状態

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これらチャネルの様々な状態での構造がとらえられていて、リガンドの結合に反応しどのように開閉しているのかが明らかになりつつある。図の右側に示すのは閉じた状態のチャネル(PDBエントリー4tnv)の構造である。アミノ酸のロイシンがチャネル中央に強固な環を形成し、イオンが通るのを妨げる。図の左側に示すのはグルタミン酸とイベルメクチンが結合して開いたチャネル(PDBエントリー3rif)で、イオンが通れるようになっている。図の下のボタンをクリックし、より詳しく構造を見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 他にも様々な似たチャネルの構造がPDBに登録されています。Cysループ受容体で検索してみると、例をいくつか見ることができるでしょう。
  2. グルタミン酸開閉型塩化物イオン受容体のPDBエントリーを見ると、チャネル分子のリガンド結合部位に5つの抗体があることが分かるでしょう。なぜ構造にこのようなものが含まれているのでしょうか?

参考文献

  1. 3jad J. Du, W. Lu, S. Wu, Y. Cheng & E. Gouaux 2015 Glycine receptor mechanism elucidated by electron cryo-microscopy. Nature 526 224-229 DOI:10.1038/nature14853 PMID:26344198
  2. 4tnv T. Althoff, R. E. Hibbs, S. Banerjee & E. Gouaux 2014 X-ray structures of GluCl in apo states reveal a gating mechanism of Cys-loop receptors. Nature 512 333-337 DOI:10.1038/nature13669 PMID:25143115 PMC:PMC4255919
  3. 4hfe L. Sauguet, R. J. Howard, L. Malherbe, U. S. Lee, P. J. Corringer, R. A. Harris & M. Delarue 2013 Structural basis for potentiation by alcohols and anaesthetics in a ligand-gated ion channel. Nature Communications 4 1697 DOI:10.1038/ncomms2682 PMID:23591864 PMC:PMC4204805
  4. A. J. Wolstenholme 2012 Glutamate-gated chloride channels. Journal of Biological Chemistry 287 40232-40238 DOI:10.1074/jbc.R112.406280 PMID:23038250 PMC:PMC3504739
  5. 3rif R. E. Hibbs & E. Gouaux 2011 Principles of activation and permeation in an anion-selective Cys-loop receptor. Nature 474 54-60 DOI:10.1038/nature10139 PMID:21572436 PMC:PMC3160419
  6. L. M. Fox 2006 Ivermectin: uses and impact 20 years on. Current Opinion in Infectious Diseases 19 588-593 DOI:10.1097/QCO.0b013e328010774c PMID:17075336

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2015年11月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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