181: カスケードとCRISPR(Cascade and CRISPR)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
カスケード監視複合体と転写されたRNA(PDB:4tvx、4u7u)

生物は常にウイルスによる攻撃を受けており、ウイルスと戦う効果的な攻撃手段を発達させてきた。細菌や古細菌は何種類かの手段を使ってウイルスと戦っており、ほとんどの一般的攻撃者と戦う、固定化された仕組みによる手段を持っている。例えば、制限酵素(restriction enzyme)は、侵略してくるウイルスのDNAをいつでも切断できるよう待機している。また、より適応能力の高い仕組みも備えている。これは私たちの免疫系と似ていて、いつでもその時にいるウイルスに対抗して保護できるように変化できる。この仕組みはCRISPR-Cas(クリスパーCas)と呼ばれており、現在ある脅威に関する情報を蓄え、それらを破壊する攻撃手段を提供する。

感染の記録

細菌は自身のゲノム中に蓄えられたCRISPR配列を使って、攻撃してくるウイルスを特定する。この名前は「集まって規則的に間を空けて配置された短い回文配列の繰り返し」(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)の略で、CRISPR DNA中に見られる珍しい配列パターンのことを言っている。これは過去に攻撃してきたウイルスのDNAに由来する多くの小さなDNA断片でできていて、各断片は独特の繰り返し配列によって区切られ保存されている。驚くべきことに、新たな配列はこのコレクションの最初に追加されていくので、CRISPR配列を読むことにより細菌集団が過去にウイルスから受けた攻撃の履歴を知ることができる。

監視を続ける

Casタンパク質(CRISPR関連タンパク質 CRISPR-associated protein)の仕組みは、この蓄積情報を使って再び細菌に襲いかかろうとするウイルスと戦う。この仕組みの中心となるのがカスケード(Cascade、CRISPR-ASsociated Complex for Antiviral DEfense、抗ウイルス防御のためのクリスパー関連複合体)と呼ばれる巨大な複合体である。この中にはCRISPR配列のRNA転写物があり、これを使って感染によるウイルスDNAと適合するものが細胞にないか見回っている。ウイルスDNAを見つけるとらせんをほどき、ヌクレアーゼ(nuclease)のところに持っていって切断する。ここに示す構造(PDBエントリー 4tvx4u7u)は、6種類のタンパク質鎖(何段階かの濃さの青色で示した部分)でできたカスケード監視複合体に、転写されたRNA(赤)が伴ったものである。

Casタンパク質

左:Cas1とCas2(PDB:4p6i)、右:Cas3(PDB:4qqw)

カスケードは一連のタンパク質群と協力してCRISPRアーカイブを作り、ウイルスから身を守るのに用いられる。まず、Cas1Cas2(PDBエントリー 4p6i)のようなタンパク質を動員することが、感染を受けた時にウイルスを切断し、適切な大きさの断片にしてCRISPRに保存するのに必要である。この断片はカスケードによって提示され、次から同じウイルスの感染を受けた時それを検出するのに用いられる。ウイルスが見つかると、ウイルスの処分を行うのがCas3(PDBエントリー 4qqw)である。カスケードが見つけたウイルスDNAを取り込んで破壊する。

Cas9と治療

II型CRISPR系のCas9(PDB:4un3、4oo8)

様々な細菌や古細菌によって、ウイルス防御に関わる多様なCasタンパク質が開発されてきた。I型と名付けられたカスケード複合体はCRISPR RNAを提示し、ウイルス処分を担当するCas3を動員してウイルスDNAを切断させる。一方III型複合体は、DNA切断酵素を内部に備えている。Cas9(PDBエントリー 4un34oo8)のようなII型CRISPR系は、監視タンパク質と切断を実行する部分の両方が1本のタンパク質鎖の中に収められている。ここに示す複合体にはCRISPR RNA(赤)と攻撃してくるウイルスDNA(黄)が含まれている。この分子は、潜伏期のHIV感染を治療する実験的方法として最近用いられるようになった。HIVに感染した細胞にCas9と抗HIV CRISPRを導入する際、人工的な改変を加えたウイルスが用いられた。

構造をみる

カスケード(PDB:4qyz)

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PDBエントリー 4qyz はカスケードが働いている様子をとらえている。この構造には、CRISPRのRNA鎖(赤)と、らせんをほどかれ認識されたウイルスDNAの短い断片(黄)が含まれる。これにより、RNAとDNAが、驚くべきことではあるが非常に理にかなった構造をしていることがあきらかになった。外側に開いた長くらせん型をした溝がカスケードの表面にあり、RNAはそこにはまって引き伸ばされる。そして、良く知られた二重らせんの形ではなく、側面同士がふれあう形でDNAと結合する。画像下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、この驚くべき構造をより詳しくみてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. CRISPR配列に関する記事を読む時、混乱しないよう用語には注意してください。例えば、「スペーサー」(spacer)という用語はCRISPRに保存されたウイルスDNAの小さな断片を、「反復」(repeat)は各ウイルスDNAの間を区切る短い繰り返し配列を指していることがよくあります。
  2. これらの巨大なCRISPR/Cas複合体は、電子顕微鏡によって特徴が明らかにされています。例えば、III型複合体(I型カスケードともII型のCas9とも異なる)の構造をみるには、EMDataResource(PDBj(EM Navigator) / RCSB)を参照ください。

参考文献

  1. J. van der Oost, E. R. Westra, R. N. Jackson & B. Wiedenheft 2014 Unravelling the structural and mechanistic basis of CRISPR-Cas systems. Nature Reviews Microbiology 12 479-492 DOI:10.1038/nrmicro3279
  2. H. Ebina, N. Misawa, Y. Kanemura & Y. Koyanagi 2013 Harnessing the CRISPR/Cas9 system to disrupt latent HIV-1 provirus. Scientific Reports 3 2510 10.1038/srep02510
  3. 4qqw Y. Huo, K. H. Nam, F. Ding, H. Lee, L. Wu, Y. Xiao, M. D. Farchione, S. Zhou, K. Rajashankar, I. Kurinov, R. Zhang & A. Ke 2014 Structures of CRISPR Cas3 offer mechanistic insights into Cascade-activated DNA unwinding and degradation. Nature Structural & Molecular Biology 21 771-777 10.1038/nsmb.2875
  4. 4un3 C. Anders, O. Niewoehner, A. Duerst & M. Jinek 2014 Structural basis of PAM-dependent target DNA recognition by the Cas9 endonuclease. Nature 513 569-573 10.1038/nature13579
  5. 4tvx R. N. Jackson, S. M. Golden, P. B. G. van Erg, J. Carter, E. R. Westra, S. J. J. Brouns, J. van der Oost, T. C. Terwilliger, R. J. Read & B. Wiedenheft. 2014 Crystal structure of the CRISPR RNA-guided surveillance complex from Escherichia coli. Science 345 1473-1479 10.1126/science.1256328
  6. 4qyz S. Mulepati, A. Heroux & S. Bailey 2014 Crystal structure of a CRISPR RNA-guided surveillance complex bound to a ssFNA target. Science 345 1479-1484 10.1126/science.1256996
  7. 4p6i J. K. Nunez, P. J. Kranzusch, J. Noeske, A. V. Wright, C. W. Davies & J. A. Doudna 2014 Cas1-Cas2 complex formation mediates spacer acquisition during CRISPR-Cas adaptive immunity. Nature Structural & Molecular Biology 21 528 10.1038/nsmb.2820

代表的な構造

4tvx: カスケード調査複合体
カスケードタンパク質複合体は感染しようとするウイルスのDNAを探し出すことによって細菌を守る。この複合体には、CRISPR RNAが結合したタンパク質が含まれる。CRISPR配列はウイルスゲノムの短い断片を保持している。
4qyz: カスケード調査複合体とウイルスDNA
カスケードタンパク質複合体は感染しようとするウイルスのDNAを探し出すことによって細菌を守る。この複合体には、CRISPR RNAが結合したタンパク質が含まれる。CRISPR配列はウイルスゲノムの短い断片を保持しており、ウイルスDNAの断片と結合している。
4un3: Cas9監視複合体とウイルスDNA
Cas9タンパク質は感染しようとするウイルスのDNAを探し出し、破壊することによって細菌を守る。この複合体には、CRISPR RNAが結合したタンパク質が含まれる。CRISPR配列はウイルスゲノムの短い断片を保持しており、ウイルスDNAの断片と結合している。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2015年1月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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