178: エボラウイルスタンパク質(Ebola Virus Proteins)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
エボラウイルスの全体構造(左)とその構成タンパク質(右、上から糖タンパク質 PDB:3csy、基質タンパク質 PDB:4ldd、核タンパク質 PDB:4qb0、ヌクレオカプシドタンパク質 PDB:3vne、3fke、2i8b)

エボラウイルス(ebola virus)のゲノムには7種類のタンパク質を作るための指示情報が含まれていて、これらのタンパク質とゲノムRNAが集まって最も致死的なウイルスの一つになる。エボラウイルスは感染先の細胞から盗んできた膜と、その表面から突き出たウイルス自身の糖タンパク質とで囲まれている。基質タンパク質の層が膜を内側から支え、中心部分にあるRNAゲノムの保持と運搬を行う筒状のヌクレオカプシド(nucleocapsid)をつかんでいる。

細胞への侵入

エボラウイルスの糖タンパク質は細胞表面の受容体に結合し、ウイルスゲノムを細胞の中に入れる役割を担う。このタンパク質が持つ特徴は、インフルエンザの赤血球凝集素(hemagglutinin、ヘマグルチニン)やHIV外被糖タンパク質(HIV envelope glycoprotein)のような他のウイルスが持つ融合タンパク質と多くの点で共通している。ウイルス表面から突き出し、免疫系から隠すために糖鎖でおおわれている。これは非常に活動的なタンパク質でもあり、細胞表面に結合すると形が変わり、ウイルスと細胞を引き寄せて両者の膜が融合できるようにする。ここに示す構造(PDBエントリー 3csy)には、糖タンパク質の受容体結合部分と膜融合機械部分が含まれる。通常は糖鎖がこの糖タンパク質をおおっているが、ここでは結晶化できるようにするため、糖鎖の大半を含む小さなドメインは除去されている。

基質タンパク質

VP40とも呼ばれるエボラウイルスの基質タンパク質は、ウイルスを形作り、出芽過程(ウイルスが感染細胞から飛び出す過程)を推進する。このタンパク質のコピーが多数、細胞の膜上に集まり、膜とヌクレオカプシドの両方に結合すると考えられている。ここに示す構造(PDBエントリー 4ldd)はサブユニットが6つ集まった6量体の構造である。各鎖の末端にあるドメインは柔軟なリンカーを介してつながっているが、柔軟性が高く活発に動いているので、そのうちの4つは結晶構造の中にはっきりとは見えていない。

ヌクレオカプシド

ウイルスの中心では、複雑なヌクレオカプシドがゲノムを守っている。エボラウイルスの核タンパク質(nucleoprotein)はRNAの周囲を包み、らせん状の複合体をつくる。しかし、核タンパク質サブユニットはタバコモザイクウイルス(tobacco mosaic virus)のような他のウイルスのように固くはない。そのため、エボラウイルスは波形の構造を示すことが多い。核タンパク質の小ドメイン単独の構造は既に解かれていて、ここに示すのはその構造である(PDBエントリー 4qb0)。また別のヌクレオカプシドタンパク質(ここに示すのはPDBエントリー 3vne3fke2i8b)は構造の構築を助けている。一旦細胞内に入ると、大きな「L」タンパク質(RNA依存性RNAポリメラーゼ RNA-dependent RNA polymerase、RNA鎖の情報を元にRNA鎖を合成する酵素)がRNAゲノムの新たなコピーをたくさん作り出す。

副業をするタンパク質

様々な集合数を取るエボラウイルスの基質タンパク質(上:粒子構造タンパク質 6量体 PDB:4ldd、左下:ウイルス遺伝子を転写 8量体 PDB:1h2c、右下:タンパク質の輸送 2量体 PDB:4ldb)

ウイルスが持つ収納スペースは小さく、タンパク質数種類分のゲノムしか入らないので、ウイルスタンパク質は本業とは別に、いくつかの副業を行うことがよくある。エボラウイルスの基質タンパク質は特に変わっていて、別の仕事を行う時は全く異なる構造を取る。ウイルス粒子の構造タンパク質となる時は6量体(PDBエントリー 4ldd)、RNAに結合しウイルス遺伝子を転写する時は8量体(PDBエントリー 1h2c)、タンパク質の輸送に関わる時は2量体(PDBエントリー 4ldb)となる。

構造をみる

エボラウイルスの糖タンパク質(PDB:3csy、赤・橙は中和抗体、水色:GP1、青:GP2、緑:糖鎖)

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エボラウイルスの感染に対抗する方法は、薬・ワクチンともになかなか見つかっていない。糖タンパク質はウイルスの表面にあって抗体(antibody)が接触できるので、ワクチンの主な作用対象となる。ここに示す構造(PDBエントリー 3csy)は、エボラウイルスに感染し生き延びたヒトから得られた中和抗体(赤、橙)を含んでいる。抗体は糖タンパク質の下側に結合するが、この部分は通常炭水化物ではおおわれない、融合過程に不可欠な部分である。うまくいけば、ワクチン接種によって患者にこの種の抗体を作らせることができるだろう。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えるとより詳しくみることができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBエントリー 3csy は細胞表面に結合する前のエボラウイルス糖タンパク質であると考えられています。細胞と融合した後の糖タンパク質の一部を、PDBエントリー 2ebo で見ることができます。
  2. エボラ VP35」で検索してみると、いくつかの実験的な阻害剤を伴ったエボラウイルスのタンパク質 の構造を見ることができます。

参考文献

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  4. 3csy J. E. Lee, M. L. Fusco, A. J. Hessell, W. B. Oswald, D. R. Burton & E. O Saphire 2008 Structure of the ebola virus glycoprotein bound to an antibody from a human survivor. Nature 454 177-182 10.1038/nature07082
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代表的な構造

3csy: エボラウイルスの糖タンパク質
エボラウイルスの糖タンパク質はエボラウイルスの表面に見られる。細胞表面の受容体に結合し、ウイルスと細胞の膜の融合するための動力を供給する。この構造には糖タンパク質の一部が含まれているが、両方の膜にまたがる部分と炭水化物の大半は除去されている。またウイルス感染から生き残ったヒトに由来する3つの中和抗体も含まれている。
4ldd: エボラウイルスの基質タンパク質
VP40とも呼ばれるエボラウイルスの基質タンパク質は、集まってウイルス膜の内側に格子状の構造を作り、ウイルスの形状構築や、出芽過程の助けになっている。この構造には基質タンパク質サブユニットの6量体が含まれている。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2014年10月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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