16: アミノアシル転移RNA合成酵素(Aminoacyl-tRNA Synthetases)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
アスパラギン酸転移RNA(赤)とそのアミノアシル転移RNA合成酵素(青・緑)(PDB:1asz)

リボソームが転移RNAの"CGC"アンチコドンとメッセンジャーRNAの"GCG"コドンを突き合わせるとき、転移RNAはアラニンを持ってくるものと思っている。ところがそれをチェックする方法はない。各転移RNAはリボソームのところにやってくるずっと前に対応するアミノ酸と一緒になっているからである。この転移RNAと対応するアミノ酸との対合は、注目すべき酵素〜アミノアシル転移RNA合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase)〜の集まりによって行われる。これらの酵素は各転移RNAに適切なアミノ酸を補充し、DNAの遺伝暗号を適切なタンパク質のアミノ酸配列に翻訳できるようにしている。

20種の香り

ほとんどの細胞は20種類のアミノアシル転移RNA合成酵素を作り、それぞれが別々のアミノ酸に対応している。この20種類の酵素はそれぞれ大きく異なり、対象とするアミノ酸のために最適化された個々の酵素と転移RNA分子との組が、対応するアミノ酸に当てはまる。ここに示したのはそのうちの1つ、アスパラギン酸とそれに対応した転移RNAを持ったアミノアシル転移RNA合成酵素(PDBエントリー 1asz)で、この酵素は2つの同じサブユニットでできた2量体である(青と緑が酵素、2分子の転移RNAは赤色)。他のアミノアシル転移RNA合成酵素には、これとはサブユニットの大きさが異なる単量体や2量体、そして1種類以上のサブユニットで構成される4量体のものがある。中にはセリンの酵素(PDBエントリー 1set)のように非常に変わった形をしているものもある。それぞれ違った形をしたこれら酵素のほとんどはPDBで構造を見ることができる。

ふさわしい仲間探し

これらの酵素の多くはアンチコドンを使って転移RNAを認識していると思うかもしれない。しかし場合によってはその方法がとれないかもしれない。例えばセリンがそうである。セリンを指示するコドンは6種類あるため、セリン転移RNA合成酵素は6種類のアンチコドンを持つ転移RNAを認識しなければならない。これにはAGAとGCUといったように完全に異なったアンチコドンも含まれている。そのため、転移RNA分子は受容部分の末端と分子中のどこにでも見られる塩基も利用して認識される。特徴的な塩基の一つは配列の73番にあって、これが多くの場合中心的な役割を果たしているらしい。そのためこの塩基は識別塩基と呼ばれてきた。ところが別の場合には完全に無視される。各酵素は対象とする転移RNA分子を認識しなければならないが、同時に対象ではない転移RNA分子とは結合してはいけないことにも注意して欲しい。だから、各転移RNAは対応する酵素と組み合わさるための積極的な相互作用を持ち、また不適切な組み合わせを阻止する消極的な相互作用も持っている。例えば、アスパラギン酸転移RNA合成酵素(PDBエントリー 1asz)は識別塩基とアンチコドン周辺の4塩基を識別する。一方、他の塩基(37番のグアニン)は結合には用いられないが、アルギニン転移RNA合成酵素と間違った結合を作ってしまわないようメチル化されなければならない。

ゲノム分析からの驚き

最近の完全なゲノム分析で、大いに驚くべきことが明らかになった。20種あるアミノアシル転移RNA合成酵素の遺伝子のうち、いくつかを持たない生物の存在が明らかになったのである。しかしそのような生物も20種全てのアミノ酸を使ってタンパク質を作っている。この矛盾の解決策は、生きた細胞によくあることだが、より複雑な機構を使って明らかになった。例えば、ある細菌はグルタミンをグルタミン転移RNAに充填する酵素を持っていない。その代わり、1つの酵素がグルタミン酸転移RNA分子とグルタミン転移RNA分子、どちらに対してもグルタミン酸を付加する。そして2つ目の酵素が、後者の転移RNA分子だけに対してグルタミン酸をグルタミンに変換し、適切な組み合わせを作り出す。

同じタンパク質への異なるアプローチ

5種類のアミノアシル転移RNA合成酵素・転移RNA複合体。赤が転移RNA。左上:イソロイシン用(PDB:1ffy) 左下:フェニルアラニン用(PDB:1eiy) 右上:バリン用(PDB:1gax) 右中:グルタミン用(PDB:1euq) 右下:スレオニン用(PDB:1qf6)

この図では5つのアミノアシル転移RNA・転移RNA複合体が示されている。各図は転移RNA分子(赤)が同じ向きとなるように配置されている。各酵素は転移RNAに対して異なる角度で接触していることに注目して欲しい。イソロイシン(PDBエントリー 1ffy)、バリン(PDBエントリー 1gax)、グルタミン(PDBエントリー 1euq)の酵素は転移RNAを抱きかかえてアンチコドンループ(各転移RNA分子の下部にある)をつかみ、活性部位(各転移RNA分子の右上)に転移RNAの末端にあるアミノ酸受容部位を位置させている。これらのアミノアシル転移RNA合成酵素は全て似たタンパク質の骨格を共有しており、「I型」として知られている。これは転移RNAの類似性と似ており、転移RNAの最後の2個の水酸基にアミノ酸を付加する。一方、フェニルアラニン(PDBエントリー 1eiy)やスレオニン(PDBエントリー 1qf6)の酵素は2つ目の酵素分類に含まれ、こちらは「II型」として知られている。この型のアミノアシル転移RNA合成酵素はI型とは別の側から転移RNAに接近し、最後の転移RNA塩基にある別の遊離型水酸基にアミノ酸を付加する。

高い正確性

イソロイシン転移RNA合成酵素・転移RNA複合体(PDB:1ffy、赤は転移RNA)

アミノアシル転移RNA合成酵素は高い正確性をもってその仕事を遂行しなければならない。酵素が犯した間違いは全て、新しいタンパク質を作る際に間違ったアミノ酸を配置する結果となる。これらの酵素は10,000回につき1回程度の割合で間違いを犯す。ほとんどのアミノ酸にとって、この水準の精度は達成できないほど難しいことではない。ほとんどのアミノ酸は互いにかなりの違いがあり、しかも既に述べたように個々の転移RNAを正確に認識するのに多くの部位が用いられているからである。ところが時にはぴったり正確なアミノ酸を選択するのが困難となることがあり、その時は特別な技術の助けを借りなければならない。

イソロイシンは特に難しい例である。イソロイシンは酵素の中にあるイソロイシンの形をした穴によって認識されるが、この穴は大変小さくより大きなメチオニンやフェニルアラニンなどのアミノ酸は入り込むことはできない。また疎水性が強く極性の側鎖を持つものは結合できない。しかし、わずかに小さいアミノ酸であるバリンは、たった1個のメチル基が違うだけであり、うまくこの窪みにはまってしまう。その結果、150回に1回程度割合でイソロイシンの代わりにバリンが結合してしまうことになる。この誤りはあまりにも多すぎる。そのため、修正段階を設けなければならない。イソロイシン転移RNA合成酵素(PDBエントリー 1ffy)は、2つ目の活性部位を使って反応を調整しこの問題を解決する。イソロイシンはこの2つ目の活性部位にははまらないが、間違ったアミノ酸であるバリンははまるのである。こうして間違いは除去され、適切に配置されたイソロイシンアミノ酸が充填されている転移RNAを解放する。この校正段階によって反応全体としての誤り率は約3000回に1回へと改善される。

構造をみる

グルタミン転移RNA合成酵素とその転移RNA(PDB:1gtr)

アミノアシル転移RNA合成酵素は転移RNA分子に対してやさしくはない。グルタミン転移RNA合成酵素とその転移RNAの複合体(PDBエントリー 1gtr)の構造がそのよい例である。酵素は転移RNAの末端にあるアンチコドンを強くつかみ、3つの塩基を広く押し広げてよりよく認識できるようにしている。もう一方の端では、転移RNA鎖の最初の塩基を対合させないようにして曲げ(図では上方向に)、長いアミノ酸受容部分のある末端を別の方向に強くねじる(図では下方向に)。ここには活性部位の最後のヌクレオチドにある2'水酸基が来て、ATPとアミノ酸が結合する(アミノ酸はこの構造には含まれていない)。

"アミノアシル転移RNA合成酵素" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで参照できます。

アミノアシル転移RNA合成酵素について更に知りたい方へ

以下の文献も参照してください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2001年4月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

	{
    "header": {
        "minimamHeightScale": 1.0,
        "scalingAnimSec": 0.3
    },
    "src": {
        "spacer": "/share/im/ui_spacer.png",
        "dummy": "/share/im/ui_dummy.png"
    },
    "spacer": "/share/im/ui_spacer.png"
}