161: リシン(Ricin)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
リシン(PDB:2aai、青は対象となる構造を探知するB鎖、赤は毒性をもたらすA鎖、黄色は両鎖をつなぐジスルフィド結合)

リシン(ricin)は知られている毒素の中で最も致死性の高い毒素である。たった一つの分子で一つの細胞全体を殺すことができる。一方でこの毒素は非常に一般的な毒素でもある。リシンは、世界中の庭や野山で見られ、油を採るため広く栽培されている「トウゴマ」(castor bean)という植物によって作られる。トウゴマの種にこの毒素が含まれていて、約8粒の豆があれば致死量が得られる。

良からぬ目的

CDC(アメリカ疾病管理予防センター、Centers for Disease Control and Prevention)は、生物戦やバイオテロリズムで兵器として使われると深刻な脅威になるものとしてリシンを分類している。トウゴマからリシンを大量に精製するのはたやすいが、幸いにして多くの人々を殺すようリシンをまき散らすのは簡単なことではない。ただ、対象を絞った攻撃の手段としてこれまでに用いられた事例がある。小さな金属のペレット弾にリシンを入れ、傘から毒入りダーツを発射して外交官を殺害する、というスパイ小説にありそうな事件が1978年にロンドンで起きている。より最近では、リシンの粉が入った郵便物が、上院議員やホワイトハウスの下に送り付けられるという事件も発生している。殺人は起きていないとは言え、純度の高いリシンの粉を吸い込めば命に関わるので、これは危険なことである。

毒素が持つ2つの部分

以前に今月の分子コレラ毒素(cholera toxin)でも紹介したように、多くの細菌や植物の毒素で共通してみられる効果的な戦略があり、リシンでもこの方法が使われている。リシン(ここに示す構造はPDBエントリー 2aai )は2本の鎖でできていて、それぞれが別々の仕事を担っている。青で示すB鎖は対象となる構造を探知し、赤で示すA鎖は毒性をもたらす。ヒトがリシンで毒されると、何百万個ものリシン分子が細胞表面にある炭水化物に結合し、毒素を細胞内に導き入れようとする。ほとんど細胞質に入り込むことはできないが、それで十分なのである。2つの鎖をつなぐジスルフィド結合(黄色で示した部分)が切断されて、A鎖は細胞質を移動し、毎分1500個の速さでリボソーム(ribosome)を不活性化していく。そして最終的には細胞を殺してしまう。

リボソームを攻撃する

酵母のリボソーム大サブユニット(PDB:3u5d、3u5e、黄はサルシン/リシン ループ、赤はリシンが切り出す対象とするアデニン)

リシンはリボソームのアキレス腱とも言うべき箇所を攻撃する。その場所はサルシン/リシン ループ(sarcin/ricin loop)と呼ばれる環状の部分で、伸長因子(elongation factor)と相互作用するのに欠かせない部分である。リシンはこのループの先にある一つのアデニン塩基(adenine base)を切り出すが、たったこれだけでリボソームは永遠に不活性化されてしまう。しかも、このようにしてリボソームを次々に破壊して渡り歩き、活性状態にあるリボソームが細胞内になくなるまでこれが続く。この仕組みにより、リシンは信じられない強毒性を発揮できるのである。ここには酵母が持つリボソームの大きい方のサブユニット(PDBエントリー 3u5d3u5e)の構造を示す。サルシン/リシン ループは黄色で、リシンが切り出す対象とするアデニンは赤で示している。

ヒトを助けるためのリシン

抗体(黄色)とリシンのA鎖(赤色)を組み合わせた免疫毒素(PDB:1igtを修正したもの)

リシンは致死的だが、適切に使えば有益な効果をもたらすこともできる。抗体(antibody)が持っている目標を定める能力とリシンのA鎖が持つ毒性とを組み合わせた免疫毒素(immunotoxin)と呼ばれる新型の治療分子は、その一例と言えるだろう。ここに示す事例はPDBエントリー 1igtの構造を修正したもので、抗体部分は黄色で、リシンのA鎖は赤色で表示している。抗体はがん細胞だけに結合するものが選ばれていて、毒性は私たちが破壊したいがん細胞へ直接効くことになる。

構造をみる

左:リシン(PDB:2aai)、右:リシンの一つRiVax(PDB:3srp)

表示方式: 静止画像

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リシンは私たちの安全を脅かす存在であるため、私たちを毒素から守る方法の開発が行われている。ここに示す分子はリシンに対抗する免疫を作るよう設計された実験的なワクチンである。このワクチンはリシンから作られたものだが、毒性が少なくなるよういくつかの修正が加えられている。うまくいけば、軍隊や緊急救援部隊など特に高い危険にさらされる人々を守るのにこの種のワクチンが使えるだろう。上図下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えると、この実験的ワクチン(3srp4imv)と元々の強い毒性を持ったリシンの構造を比較することができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. 現在、リシンの活性部位に結合して働きを妨げる小分子の探索が進められていて、そのような分子がいくつかPDBに登録されています。
  2. リシンは糖タンパク質(glycoprotein)で、表面にいくつかの炭水化物の鎖がくっついています。更に、ジスルフィド結合によって分子は安定化されています。このような構造上の特徴をPDBエントリー 2aai でみることができます。

参考文献

  1. R. B. Reisler & L. A. Smith 2012 The need for continued development of ricin countermeasures. Advances in Preventive Medicine 10.1155/2012/149737
  2. F. Musshoff & B. Madea 2009 Ricin poisoning and forensic toxicology. Drug Testing and Analysis 10.1155/2012/149737
  3. R. J. Kreitman 2006 Immunotoxins for targeted cancer therapy. AAPS Journal 8 E532- E551
  4. J. Audi, M. Belson, M. Patel, J. Schier & J. Osterloh 2005 Ricin poisoning, a comprehensive review. Journal of the American Medical Association 294 2342-2351
  5. J. M. Lord, L. M. Roberts & J. D. Robertus 1994 Ricin: structure, mode of action, and some current applications. FASEB Journal 8 201-208

代表的な構造

2aai: リシン
リシンは細胞内にあるリボソームを攻撃する強力な毒素である。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2013年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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