157: 転移伝令RNA(Transfer-Messenger RNA)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
左:転移RNA(PDB:4tna)、右:転移伝令RNAとSmpB(PDB:3iyr、青がSmpB、赤が転移RNA様部分、赤紫が伝令RNA様部分)

損傷を受けた伝令RNA(messenger RNA、mRNA)は細胞を二重の危険にさらす。もし伝令RNAの端が切り捨てられると、停止コドンが失われることとなり、間違った完全でないタンパク質ができてしまう。またリボソーム(ribosome)はこのような端が切れたメッセージの末端で行き詰まってしまい、伝令RNAを解放して次のタンパク質合成の仕事に移ることができなくなってしまう。細菌は巧妙な分子的手法を用いて両方の問題を同時に解決する。この手法により欠陥のあるタンパク質を壊し、すぐにリボソームを解放することができる。

ふたつが一緒に

転移伝令RNA(transfer-messenger RNA、略してtmRNAとも呼ばれる)は行き詰まったリボソームを助け出す。tmRNAは長さ数百ヌクレオチドの長いRNA鎖でできている。ここに示すそのうちの1つ(PDBエントリー 3iyr)は好熱菌の一種「サーマス・サーモフィラス」(Thermus thermophilus)由来の分子で、349ヌクレオチドの長さがある。また似た構造で大腸菌由来の分子もPDBに登録されている(PDBエントリー 3iz4、ここには示していない)。こちらは更に少し長い。tmRNAは独特なドーナツ型に折りたたまれ、ここに数個の機能部位が含まれる。両端がくっついて転移RNA(tRNA)と非常によく似た形を持つ部分(上図右の赤色部分)を作る。なお、比較のため上図左には転移RNAの構造(PDBエントリー 4tna)も示した。転移RNAと同じく、この部分にアミノ酸が装着されるが、tmRNAの場合ここに来るのは常にアラニン(alanine)となる。そして次に、短いアミノ酸配列の情報を持った伝令RNAのように働く部分(赤紫色の部分)が、停止コドンを使ってタンパク質の配列を完結させる。また小さなタンパク質のSmpB(青色部分)はtmRNAを助ける働きをする。

救出のためのtmRNA

転移伝令RNAが行き詰まったリボソームを救出する際、解決すべき問題がいくつかある。まず、不完全な伝令RNAは残った部分のみ最後まで翻訳される、つまり翻訳される部分には不完全な伝令RNAコドンしか含まれていないという問題がある。この問題を解決するために、tmRNAの転移RNAに似た部分をリボソームに挿入し、SmpBタンパク質を解読部位にはめ込むことで、通常のコドン-アンチコドン相互作用の代わりとする。次に合成が行き詰ったタンパク質合成を再開する必要がある。tmRNAは自身が持つアラニン(alanine)を合成の行き詰まったタンパク質鎖に付加し、通常であれば伝令RNAが来る場所に、伝令RNAに似た部分が滑り込ませる。この過程で一部が途切れた伝令RNAは蹴り出され、リボヌクレアーゼ(ribonuclease)によって破壊される。次にリボソームがtmRNAの伝令RNA様部分に沿って進み、数個のアミノ酸をつけ足して合成が中途で停止したタンパク質を伸ばす。そして最終的にtmRNAが停止コドンに到達すると修復し終わったタンパク質を放出する。しかしこれで話が終わった訳ではない。付加されるこの短い伸長部分の配列は、細胞内にあるタンパク質分解機構が認識するタグとなっている。この機構が欠陥のあるタンパク質を確実に破壊する。

活動中のtmRNA

伸長部分の翻訳開始直後の転移伝令RNA(PDB:4v6t)

この反応過程を構成する多くの段階の構造をみるのにクライオ電子顕微鏡(cryoelectron microscopy、低温電子顕微鏡)が用いられてきた。ここに示す構造(PDBエントリー 4v6t)はtmRNAが短い伸長部分の翻訳を開始した直後の様子をとらえたものである。この翻訳の元となる遺伝情報は伝令RNA様の部分に収められている。この構造にはリボソームから出て行こうとしている転移RNA(黄色部分)と伸長因子 G(赤紫色部分)が含まれている。また伸長因子 Tuと共にリボソームに結合しているtmRNAの小さな断片の結晶構造についてもPDBでみることができる。この構造(PDBエントリー 4v8q)はSmpBとリボソームとの相互作用について原子レベルでの詳細情報を明らかにしてくれる。

構造をみる

左:tmRNAのtRNA様部位がリボソームのA部位に結合している構造(PDB:3iyr)、右:tmRNAのtRNA様部位がリボソームのP部位に結合している構造(PDB:3iyq)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

ご想像の通り、tmRNAはその転移RNA部分がリボソームの転移RNA結合部位に入り、伝令RNA部分がリボソームを読み取って翻訳されタンパク質を作ることができるよう非常に柔軟である必要がある。ここに示す2つの構造(PDBエントリー 3iyq3iyr)は、tmRNAがリボソームのA部位(タンパク質にアミノ酸を供給する前の転移RNAが位置する部位)に結合した直後の様子と、転移RNA様の部位がリボソームのP部位(タンパク質にアミノ酸を付加している転移RNAが位置する部位)に挿入された後の状態とを示したもので、これらの構造によりtmRNAの柔軟性に関してある程度のことが明らかになった。ただこのPDBエントリーにはtmRNAとSmpBの原子座標しか含まれていないので、残りのリボソームに囲まれた部分の構造は自身で想像する必要がある。なお上図下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えると、これらの構造をより拡大して詳しくみることができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. クライオ電子顕微鏡のマップをEMデータバンクでみることができます。EMデータバンクページへのリンクは、PDBj Mine各エントリーの概要ページ下方にある「他のデータベース情報」欄の「EM Navigator」にあります。

参考文献

代表的な構造

3iyr: tmRNA と SmpB
tmRNAは途中で途切れた伝令RNA上で行き詰まったリボソームを救出する。このエントリーにはtmRNAとSmpBの小さな一部分との座標が含まれていて、リボソームとの複合体としてクライオ電子顕微鏡で解かれたものである。
3j183j19: リボソーム にtmRNA、転移RNA、EF-G が結合した構造
tmRNAは途中で途切れた伝令RNA上で行き詰まったリボソームを救出する。この構造はクライオ電子顕微鏡によって解かれたもので、リボソームにtmRNA、転移RNA、伸長因子 G が結合している。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2013年1月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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