152: 環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(cAMP-dependent Protein Kinase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(cAMP-dependent protein kinase、PDB:3tnp、1j3h、2h9r)、上:不活性型、下:活性型

リン酸基(phosphate group)はタンパク質の機能を改変するための化学基として完璧なものである。なぜなら負の電荷を持ち、かなりかさばり、複数の水素結合をつくることができるからである。リン酸基がタンパク質に付加されたり取り除かれたりすることでタンパク質鎖の形や柔軟性が変化したり、その変化が他のタンパク質からすぐに分かる目印となったりする。細胞はリン酸基の持つ可能性を最大限利用しており、通常の細胞では、細胞が持つタンパク質の約3分の1はリン酸基を用いて機能が制御されている。

リン酸基の付加

タンパク質リン酸化酵素(protein kinase)はリン酸基をタンパク質に付加するのに用いられる。ここに示すのは環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(cAMP-dependent protein kinase、PDBエントリー 3tnp1j3h2h9r)で、タンパク質リン酸化酵素A(protein kinase A)またはPKAとも呼ばれる。この酵素は2種類のサブユニットで構成されている。ピンク色で示した触媒サブユニット(catalytic subunit)はリン酸を付加する反応を行う。一方青色で示した制御サブユニット(regulatory subunit)は環状AMPの濃度を感知し、その濃度に応じて触媒サブユニットのON/OFFを行う。環状AMPの濃度が低いときは、制御サブユニットの2量体が2つの触媒サブユニットに結合し、不活性型複合体を構成する(右図上)。環状AMPの濃度が上昇すると、環状AMPが制御サブユニットに結合して触媒サブユニットは解放され、活性型となる(右図下)。

二次情報伝達物質

PKAは、細胞のエネルギー利用を制御するための信号伝達において欠かすことのできない過程を担っている。β-アドレナリン受容体(beta-adrenergic receptor)、グルカゴン受容体(glucagon receptor)などの受容体は環状AMPの産生を促す。この環状AMPが、細胞のエネルギー産生に関わる多くのタンパク質をリン酸化しているPKAを活性化する。続いてこのPKAがグルカゴン合成酵素(glycogen synthase)、ピルビン酸リン酸化酵素(pyruvate kinase)などのタンパク質を直接制御したり、さらには仕組みのより中心となる転写因子(transcription factor)をリン酸化することによりタンパク質の合成量を変化させたりする。

リン酸化酵素の制御

ご想像の通り、これらのリン酸化酵素は適切な時に適切な場所でリン酸を付加するよう注意深く制御しておく必要がある。私たちの細胞では、何種類かのPKA制御サブユニットを作り、組み合わせて使っている。こうして環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素の機能を調整し、細胞の種類に応じた必要機能を実現している。更に、制御サブユニットはAKAPタンパク質と呼ばれる他の足場タンパク質(scaffolding protein)とも複合体を作る。この足場タンパク質は、信号伝達で前後に位置し反応の相手となる分子のそばにPKAを固定し、更に機能の調整も行う。なお図中ではAKAP(A-Kinase Anchoring Protein)由来の短いペプチドを緑で示している。

信号を止める

レビトラが結合した環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PDB:1xp0)

細胞は環状AMPによって運ばれる信号を止める方法も持っておく必要がある。環状AMPは、分子中にある独特な環状リン酸結合が切断されてAMPに変化すると、信号分子としては不活性なものとなる。この結合の切断を行うのはこれに特化したリン酸ジエステル加水分解酵素(phosphodiesterase)である。細胞は様々な種類のリン酸ジエステル加水分解酵素を作って、細胞種ごとの需要に合った環状AMPの信号を仕立てている。コーヒーに含まれる刺激物「カフェイン」(caffeine)や茶に含まれる刺激物「テオフィリン」(theophylline)はこの種の酵素全般の働きを妨げて、環状AMPが運ぶエネルギーに関する信号を長引かせる。一方、バルデナフィル(vardenafil、商品名 レビトラ Levitra)やシルデナフィル(sildenafil、商品名 バイアグラ Viagra)のような薬剤はたった1種類のリン酸ジエステル加水分解酵素(ここに示すのはPDBエントリー 1xp0由来の構造)だけを阻害し、より対象を絞って効果を発揮する。

構造をみる

ATP、ペプチドが結合した環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PDB:1atp)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

PKAの触媒サブユニットは非常に柔軟で、リン酸付加反応過程中開いたり閉じたりする。ATPを利用する他の酵素と同じく、活性部位は酵素の内側奥深くに埋もれている。そしていくつかの金属イオンがATPを適切な場所に位置させるのに用いられている。結晶学者はこの反応経路中のさまざまな段階における構造を決定してきた。そのいくつかの構造を見るため、上図下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。ここで示しているのはPDBエントリー 1j3h2cpk1atp1jlu1bx6 の構造である。

理解を深めるためのトピックス

  1. RCSBの「Ligand Explorer」を使うとPKAの活性部位にあるATPあるいはその類似分子をつかんでいる多くの相互作用をみることができます。
  2. PDBにはPKA制御サブユニットの構造が何種類か登録されています。PDBjのGASHRASH、RCSBの「Compare Structures」などの構造比較ツールを使えば、これらサブユニットの類似点や異なる点をみることができます。例えば、PDBエントリー 1rgs1cx44dinを比較してみてください。

参考文献

代表的な構造

3tnp: 環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKA)
PKAは環状AMPによって活性化され、エネルギー代謝に関係するタンパク質をリン酸化する。この構造は2つの触媒サブユニットと2つの制御サブユニットから成る不活性なヘテロ4量体である。
2h9r: 環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKA)とAKAP79
PKAは環状AMPによって活性化され、エネルギー代謝に関係するタンパク質をリン酸化する。この構造は、PKAの結合・2量化ドメイン(制御サブユニット)に、足場タンパク質AKAP79由来のペプチドが結合したものである。
1atp: 環状AMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKA)
PKAは環状AMPによって活性化され、エネルギー代謝に関係するタンパク質をリン酸化する。この構造は活性部位にATPと短いペプチドが結合した活性型の酵素である。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年8月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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