151: ヒポキサンチン-グアニン ホスホリボシル基転移酵素(Hypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
ヒト由来のヒポキサンチン-グアニン ホスホリボシル基転移酵素(PDB:1hmp)

細胞は資源の再利用に長けているが、それにはそうしなければならない理由がある。再利用しなければ、新たな分子を構築する際用いる構成要素やそれを管理するための充分なエネルギーを供給し切れないという問題に直面するのである。例えば、新たな伝令RNA鎖(messenger RNA chain)は絶えず作られ、新たなタンパク質を作るために必要な情報を核から伝送している。そして役目が済んだ鎖は分解され構成要素は再利用される。複雑に組み合わさった再生の仕組みが、これら構成要素を再利用する上で用いられる。

プリンの再利用

ヒポキサンチン-グアニン ホスホリボシル基転移酵素(hypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase、HGPRT)という酵素は、RNAやDNAを構築する構成要素を再利用する仕組みにおける中心的な酵素の一つである。この酵素はグアニン(guanine)やヒポキサンチン(hypoxanthine、アデニン adenine に修飾が加わった分子)のようなプリン塩基(purine base)に糖を付加してヌクレオチドを作る。ここに示す構造はヒト由来の酵素(PDBエントリー 1hmp)で、4つの同じサブユニットで構成され、各サブユニットには活性部位がある。この構造は、生成物のヌクレオチド「グアニン一リン酸」(guanine monophosphate)を含んでいるが、これはヌクレオチドを放出し細胞が再利用できるようにする準備が整う直前の状態を示している。

プリン蓄積によるトラブル

他のあらゆる代謝経路と同様に、経路のどこか一段階が遮断されると深刻な問題が発生する。欠陥があるHGPRTを持つヒトの場合、「レッシュ・ナイハン症候群」(Lesch-Nyhan syndrome)と呼ばれる深刻な疾患を引き起こす。この酵素が不活性であるため、プリン塩基が蓄積し、危険な自傷の強迫行為を含む深刻な神経的問題を引き起こす。また、部分的に活性のあるHGPRTを持つヒトは痛風(gout) になるが、それは過剰なプリンを排出しようとして反応経路が過負荷状態となり、老廃物(尿酸)が関節に蓄積されるからである。

プリンと寄生生物

マラリア原虫のHGPRT(PDB:1cjb)

HGPRTはマラリア(malaria)およびこれに似た寄生虫感染症を引き起こす寄生虫にとって特に重要である。なぜなら、これら寄生虫は寄生対象となる宿主細胞の中だけで生息し、プリン塩基を自身でつくり出す能力を失ってしまっているからである。つまり、寄生虫は感染した宿主細胞からのみプリン塩基を得ていることになる。そしてこのことにより、寄生虫はHGPRTを攻撃する薬の影響を受けやすくなっている。現在、PDBエントリー 1cjbのようなHGPRTの構造を用い、マラリアに対抗する新たな治療薬を探す努力が行われている。この際、ヒトとマラリア原虫でHGPRTの構造が異なることを利用している。

構造をみる

遷移状態の類似物質とHGPRTとの複合体(PDB:1bzy)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

HGPRTは担っている反応を数段階かけて行う。まず、活性型の糖を酵素に結合させ、次にプリン塩基も結合させる。次に糖とプリン塩基をつなぎ、ピロリン酸分子を放出する。最後に、過程全体の中で最も遅い段階となるヌクレオチドの放出が行われる。これら反応段階のいくつかを捕らえた構造がこれまでに得られている。ここに示すのは、リガンドを伴わない空の酵素(PDBエントリー 1z7g)、糖と塩基が活性部位に結合した酵素(PDBエントリー 1d6n)、遷移状態の類似物質との複合体(ここに示す構造はPDBエントリー 1bzy)、活性部位に放出される前の最終生成物が結合している酵素(PDBエントリー 1hmp)である。反応中、大きな環状領域(水色で示す部分)が活性部位周辺で開閉する。上図下のボタンをクリックし、対話的操作のできる画像に切り替えて構造の動きを確認してみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBjのGASHRASHなど立体構造を重ね合わせて比較するツールを使うと、ヒトのHGPRTとマラリア原虫のHGPRTを見比べることができます。また、構造をみるの対話的操作のできる画像でも構造の重ね合わせが行われており、こちらでも環状領域がどのように動くのかが示されています。
  2. HGPRTにいくつかの抗マラリア薬となりうる分子が結合した複合体がPDBには登録されています。これら薬候補となる分子と、酵素の基質・生成物の構造とを比べてみてください。

参考文献

代表的な構造

1hmp: ヒトのHGPRT
HGPRT(ヒポキサンチン-グアニン ホスホリボシル基転移酵素)はプリン塩基に糖をつなげてヌクレオチドを作る。この構造にはヒト由来の酵素に生成物のヌクレオチドが結合している。
1cjb: マラリア原虫のHGPRT
HGPRTはプリン塩基に糖をつなげてヌクレオチドを作る。この構造にはマラリア原虫由来の酵素が含まれていて、これが抗マラリア薬の攻撃対象となりうる。そのような物質の探索が抗マラリア薬の開発において行われている。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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