121: リボソーム(Ribosome)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
リボソーム(PDB:2wdk、2wdl)

リボソーム(ribosome)は細胞世界における不思議の一つであり、PDBにで探索できる様々な不思議のうちの一つでもある。2000年、構造生物学者のヴェンカトラマン・ラマクリシュナン(Venkatraman Ramakrishnan)、トーマス・A・スタイツ(Thomas A. Steitz)、エイダ・E・ヨナス(Ada E. Yonath)はPDBで利用できる最初のリボソームサブユニット(ribosomal subunit)の構造を解き、2009年彼らはこの功績によってノーベル化学賞を受賞した。転移RNA(transfer RNA)や伸長因子(elongation factor)を含むタンパク質合成に関わる他の分子についても、その多くの構造がPDBに登録されていて、これらの構造に基づき、現在では何百種類もの完全なリボソームの構造がPDBで利用できるようになっている。これからタンパク質合成に関する多くの重要な段階の原子レベルでの詳細が明らかになった。

活動中のリボソーム

リボソームの大小サブユニットそれぞれの構造が解かれると、リボソーム構造研究は全体の構造を決定することが次なる課題となった。この仕事はここ数十年の研究の中で最も際だったものであるが、最初は電子顕微鏡(electron microscopy)によるぼんやりした画像を得ることから始まった。その後クライオ電子顕微鏡(cryoelectron microscopy、低温電子顕微鏡)によるより詳細な構造の再構築が続けられ、現在では原子レベルでの構造が多数得られるようになっている。mRNA(伝令RNA)の小さな断片、短くしたり化学修飾を行ったりした様々な型のtRNA(転移RNA)、精製されたタンパク質因子、そして修飾されたリボソームといったものを使って、タンパク質合成中のリボソームの構造(PDBエントリー 4v5d)が解かれてきた。

リボソーム

地球上に生息するあらゆる生物のリボソームは、大小2種類の大きさのものでできている。細菌(bacteria)や古細菌(archaea)は私たちのものよりも小さなリボソームを持っている。リボソーム(ribosome)と呼ばれ、小さい方の30Sサブユニットと大きい方の50Sサブユニットで構成されている。「S」は分子が遠心によってどれだけ速く動くかを測定するのに使われる単位「スベドベリ単位」(Svedberg unit)に由来している。個々のサブユニットの値を合計したものがリボソーム全体の値になっていないことに注意して欲しい。こうなるのは、沈降速度は分子量や分子の形と複雑に関係してくるからである。私たち人類やその他の動物、植物、菌類などの細胞にあるリボソームは細菌や古細菌のものより大きく、「80Sリボソーム」と呼ばれている。こちらは、小さい方の40Sサブユニットと大きい方の60Sサブユニットで構成されている。奇妙なことに、私たちの細胞にあるミトコンドリア(mitochondria)は細胞本体が持つものより小さいリボソームを持っていて、細胞質にあるものとは別々に作られる。このことからミトコンドリアは、実際には真核細胞が進化する初期段階において細胞内に取り込まれた細菌であるという仮説が成り立つ(これは植物細胞で見られる葉緑体 chloroplastについても言える)。現在、ミトコンドリアは細胞内で楽しく暮らし増殖している。そこでエネルギーの産生に専念しつつ、他の必要なものはほとんど周囲を取り囲んでいる細胞に依存している。

基本事項

初期に解かれた構造によってリボソームの動作に関する多くの基本的なことが明らかになった。その中でリボソームは反応にタンパク質ではなくRNAを使うリボザイム(ribozyme)であることが示されたが、これは生命進化の初期段階においてRNAは中心的な存在であったという考えを支持するものである。またリボソームに含まれるRNAの構造安定化と固定化に関わるリボソームタンパク質の重要性も明らかになった。しかし新たな構造が明らかになることで、遺伝子情報の読み出しとペプチド合成に関する原子レベルでの詳細な研究が始められるようになった。タンパク質合成は3つの主要段階〜翻訳開始(initiation)、伸長(elongation)、終結(termination)〜によって行われるが、それぞれの段階での構造を見ることができる。

翻訳開始

シャイン・ダルガノ配列と結合したリボソーム(PDB:4v4j)

リボソームは開始(initiation)と呼ばれる過程から翻訳作業を始める。いくつかの開始因子タンパク質(initiation factor protein)が mRNA をリボソームの小サブユニットのところまで持ってきて、そこに最初の tRNA を準備し、関連する大サブユニットを導く。ここに示した構造(PDBエントリー 4v4j)は、mRNAに特別な配列を含んでいて、それが小サブユニットにあるRNA鎖の末端部と結合する。この特別な配列は発見者に因んで「シャイン・ダルガノ配列」(Shine-Delgarno sequence)と呼ばれている。この配列は mRNA を正しい場所に配置し、特別な開始コドン tRNA と対合する準備を整える。なおこの図では、小さな mRNA の断片が赤で、tRNA が黄色で示されている。

mRNA、tRNA およびタンパク質因子は全てリボソームの両サブユニットにはさまれた内部に結合している。そのため、何が起こっているのかを図示するには細工が必要となる。上図ではリボソームを淡く表示して mRNA、tRNA およびその他の分子が複合体全体の中でどこに位置するのかが分かるようにしている。

伸長

タンパク質伸長作業中のリボソーム(左:EF-Tu タンパク質が新しいtRNAを持ってきたところ PDB:4v5g 中央:3つのtRNAが結合している様子 PDB:4v5d 右:EF-Gタンパク質の助けによって全体が一歩前進するところ PDB:4v5f)

リボソームは準備ができると、mRNA鎖に沿って遺伝情報を読み始め、アミノ酸を一度に一個ずつ付け足してタンパク質を作っていく。上図左の構造(PDBエントリー 4v5g)には、EF-Tu タンパク質(赤紫色)によって持ってこられた新しい tRNA が示されている。上図中央の構造(PDBエントリー 4v5d)では、リボソームの内部に3つの tRNA 分子が結合している。左(A部位)の tRNA はこれから追加するアミノ酸を持っている。中央(P部位)の tRNA は伸長中のタンパク質鎖をつかんでいる。そして右(E部位)の tRNA は仕事を終えてリボソームから排出される準備が整った状態にある。タンパク質鎖が中央の tRNA から A部位の tRNA へと運搬された後は、EF-Gタンパク質が全体を一歩前へと進めるのを助ける。その様子が上図右(PDBエントリー 4v5f)の構造に示されている。

終止

終止因子が結合したリボソーム

リボソームは、遺伝子の末端でタンパク質合成の終了を告げる終止コドン(stop codon)と出会う。終止因子タンパク質(release factor protein)は終止コドンを認識し、リボソームをできあがったタンパク質から引き離す。上図の構造(PDBエントリー 4v4r)は終止因子の一つがA部位でmRNAに結合している様子が示されている。なお構造は低い分解能で解かれているので、終止因子タンパク質とmRNAのおおよその座標しか得られていない。

抗生物質

左:tRNAの結合を阻害するテトラサイクリンが結合したリボソーム(PDB:1hnw)、右:タンパク質鎖がリボソームから出るのを阻害するエリスロマイシンが結合したリボソーム(PDB:1yi2)

リボソームは生命に欠かせないものであるため、抗生物質薬(antibiotic drug)にとって魅力的な標的となる。もちろん私たち自身のリボソームを攻撃しないよう注意する必要がある。さもないと、感染と共に私たち自身も殺してしまうことになってしまうだろう。幸い、細菌のリボソームは私たちのものとは細かな違いがいくつもあり、リボソームだけを攻撃する多くの抗生物質薬が作られている。PDBにもそのような事例が多数登録されているが、ここではそのうちの2つを紹介する。左に示した構造(PDBエントリー 1hnw)ではテトラサイクリン(tetracycline、赤色の分子)が小サブユニットに結合して、そこにtRNAが結合するのを妨げている。右に示した構造(PDBエントリー 1yi2)では、伸長中のタンパク質鎖がリボソームの活性部位から出るトンネルをエリスロマイシン(erythromycin、赤色で示した分子)が阻害している。

構造をみる

リボソームの遺伝子暗号解読中心(PDB:4v5c)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

新たに解かれた不活性なリボソームの構造によって生命の秘密が明らかになった。上図(PDBエントリー 4v5c)はリボソームの遺伝子暗号解読中心(decoding center)を拡大したものである。ここは新たにやってくるtRNAアンチコドン(黄色で示した部分)がmRNAコドン(赤色で示した部分)と対合する場所である。ご想像の通り、この対合は完全に適合したもの同士で行われなければならないが、それによって適切なtRNAだけが組となって正しいアミノ酸が伸長中の鎖へ追加される。リボソームは、コドンとアンチコドンが適合するかを試すのにいくつかの相互作用を利用し、塩基対の正確さをより確かなものにする。この相互作用を拡大して見るには、上図下にあるボタンをクリックして対話的操作のできる図へ表示を切り替えてほしい。

理解を深めるためのトピックス

  1. リボソームは2つのサブユニットがmRNAの周りに集まることで、機能する複合体が形成されます。このような方法をとることの利点は何でしょうか? またRNA鎖やDNA鎖の周りを取り囲む分子の事例を他に見つけることができますか?
  2. リボソームは研究において取り組み甲斐のある分子です。PDBにおいてリボソームを探す際、構造を解くのに使われている手段が異なるものを比較してみてください。手段には、原子レベルあるいはそれに近い分解能を持つ結晶学的方法によるものや、より低い分解能の電子顕微鏡によるものがあります。

参考文献

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2010年1月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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