120: 不凍タンパク質(Antifreeze Proteins)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
不凍タンパク質(PDB:1kdf)

寒い気候に生息する生物にとって氷は大いなる問題となる。温度が氷点下になると、氷の結晶は着実に成長し細胞を破裂させてしまう。しかしこの危険は、地球上生命の広がりを温帯地方に限定している訳ではない。植物、動物、菌類、細菌を含む全ての種類の生物は、致命的な氷の結晶の成長に対抗する手段を発達させてきた。ある場合には、糖(sugar)やグリセリン(glycerol)といった小さな不凍物質(antifreeze compound)を細胞内に詰め込んでいる。ところが更に助けが必要となる場合、細胞は特別な不凍タンパク質(antifreeze protein)を細胞内に作って、温度の低下から細胞自身を守る。

氷の微結晶

不凍タンパク質は氷の結晶が成長するのを止めているのではなく、扱いやすい大きさになるよう成長を制限している。そのため、このタンパク質は氷再構築タンパク質(ice-restructuring protein)とも呼ばれている。これは再結晶(recrystallization)と呼ばれる氷が持つ独特な性質のために必要となるのである。水が凍り始めると、多数の結晶が形成されるが、そのうちのいくつかが優先して大きく成長し、周囲にある小さな結晶から水分子を取り上げてしまう。不凍タンパク質はこの再結晶効果を妨げているのである。小さな氷の結晶の表面に結合して、より大きく危険な結晶へと成長するの遅らせたり妨げたりしている。

過冷却

不凍タンパク質は水が凍る凝固点(freezing point)を数℃下げるが、驚くべきことに氷が溶ける融点(melting point)は変化させない。この凝固点だけを下げて融点には影響を与えない過程は温度ヒステリシス(thermal hysteresis, 熱履歴現象)と呼ばれている。最も効果のある不凍タンパク質は昆虫によって作られるもので、凝固点を約6℃下げる。一方、植物や細菌から得られる不凍効果のより少ない不凍タンパク質も別の方法で役に立っている。こちらは細胞の外に位置し、そこで氷の結晶の大きさを制御して、温度が(既に下げられた)凝固点よりも更に下回って壊滅的な氷の結晶が形成されるのを防いでいる。

よく冷えたアイスクリーム

不凍タンパク質は産業で役に立っている。例えば冷水に生息するocean pout(ゲンゲ科ナガガジ属に属するの魚の一種)から精製された天然の不凍タンパク質(PDBエントリー 1kdf)はアイスクリームの保存料(preservative)として利用されている。これは氷の微結晶を包み込んでアイスクリームの舌触りを滑らかにし、保存や輸送の間に再結晶して大きな結晶となるのを防いでいる。また、氷の結晶形成によって生じる損傷を抑えつつ低温度で組織や器官を貯蔵する手段に不凍タンパク質を利用する研究が行われている。

多くの溶液に共通する問題

様々な生物の不凍タンパク質(左からocean pout(PDB:1kdf)、マコガレイ属の一種(PDB:1wfb)、チャイロコメノゴミムシダマシ(PDB:1ezg)、トウヒノシントメハマキ(PDB:1eww)、ユキノミ(PDB:2pne))

不凍タンパク質は収束進化(convergent evolution)の完全な事例の一つである。異なる生物で使われるタンパク質を見ると、様々なタンパク質がこの「不凍」という同一の機能を果たすよう選択されてきたことが分かる。ここにいくつかの例を挙げる。いずれもスレオニン(threonine、淡い青色部分)に富んだ平らな表面を持つ小さなタンパク質で、その表面が氷の結晶の表面に結合する。左2つは魚由来のもの(左から ocean pout(PDBエントリー 1kdf)、winter flounder(マコガレイ属の一種、PDBエントリー 1wfb)のもの)、右3つは昆虫から得られたまさに活動中のタンパク質(左から、チャイロコメノゴミムシダマシ(yellow mealworm beetle、PDBエントリー 1ezg)、トウヒノシントメハマキ(spruce budworm moth、PDBエントリー 1eww)、ユキノミ(snow flea、PDBエントリー 2pne)のもの)である。

構造をみる

ユキノミの不凍タンパク質(PDB:2pne)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

不凍タンパク質は氷の結晶に結合し、表面をさえぎって結晶の成長を妨げる。ユキノミの不凍タンパク質(PDBエントリー 2pne)の構造を見れば、氷を認識する仕組みがどのようなものであるのか見当が付くだろう。結晶構造において、タンパク質の氷結合面は水分子(赤色で示した分子)の連なりで覆われている。この水分子は氷の結晶中にある水分子と似た場所を占めている。このことからこのタンパク質は、氷中の水分子が作る規則正しく並んだ格子に対しても同じように結合することが想像できるだろう。

理解を深めるためのトピックス

  1. 不凍タンパク質は収束進化の一例です。完全に別のタンパク質2つが同じ機能を担っている他の事例をPDBエントリーの中で見つけることができますか?
  2. 昆虫の不凍タンパク質は、タンパク質鎖がバネのようならせん状に巻いたソレノイド型の折りたたみ構造(solenoidal fold)を持つタンパク質の一例です。甲虫や蛾で見られる鎖状の折りたたみ様式と、それとは完全に違うユキノミで見られる環状の折りたたみ様式とを比較してみてください。ソレノイド型の折りたたみ構造を持つ他のPDBエントリーを見つけることができますか(ヒント:これらタンパク質のSummaryページの「Other Database Information」にあるSCOP分類へのリンク先を見てみてください)。

参考文献

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2009年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

	{
    "header": {
        "minimamHeightScale": 1.0,
        "scalingAnimSec": 0.3
    },
    "src": {
        "spacer": "/share/im/ui_spacer.png",
        "dummy": "/share/im/ui_dummy.png"
    },
    "spacer": "/share/im/ui_spacer.png"
}