116: 硫酸転移酵素(Sulfotransferases)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
左上:エストロゲン硫酸転移酵素(PDB:1aqu) 右上:ヘパリン硫酸転移酵素(PDB:1t8u) 下:細菌の硫酸転移酵素(PDB:3ets)

細胞は優れた化学者である。細胞はあらゆる手段の化学反応を使って必要な分子の構築や調整を行っている。多くの細胞が用いている化学的方策の一つは、分子にスルフリル基(sulfuryl group)を付加するというものである。スルフリル基は通常の細胞条件下では負電荷を帯びていて、他の分子からの水素結合(hydrogen bond)を受け入れる酸素原子を豊富に持っている。これによりスルフリル化した分子は更に水に溶けやすくなって認識されやすくなる。スルフリル基を持つ分子を作るために、細胞は多様な種類の硫酸基転移酵素(sulfotransferase)を使う。この酵素は、便利な輸送分子PAPS(3'-ホスホアデノシン-5'-ホスホ硫酸、3'-phosphoadenosine-5'-phosphosulfate)からスルフリル基を取り出し、対象分子へと移す。

細胞質における硫酸化

細胞の細胞質(cytoplasm)には低分子に作用する様々な種類の硫酸転移酵素がある。これらの酵素は何種類かの重要な機能的役割を果たす。あるものは解毒作用において中心的役割を果たす。多くの毒性分子は分子量が小さくて水に溶けない。そのため、硫酸転移酵素はスルフリル基をこれらの分子に転移して、細胞から排出し最終的には身体から排出するのが容易になるようにしている。ある場合には、この機構が申し分なく働く。例えば、頭痛でアセトアミノフェン(acetaminophen)を飲んで数時間もすると薬効は薄れていく。なぜなら分子が細胞内で硫酸化され、急速に排出されるからである。ところが別の場合には、付加されたスルフリル基が比較的害のない分子を強力な発がん物質(carcinogen)へと変えることがある。またミノキシジル(minoxidil)の場合は、天然の分子を有効な薬へと変えることができる。硫酸転移酵素は体内にある不溶性分子の通常輸送においても役目を果たしている。例えば、上図左上に示した硫酸転移酵素(PDBエントリー 1aqu)はスルフリル基をエストロゲン(estrogen)に付加して、血液を通して循環する可溶型を作り出す。この可溶型エストロゲンが対象細胞に到着すると、別の酵素によってスルフリル基が取り除かれ、活性型ホルモンが形成される。

...そしてゴルジ体でも

ゴルジ体(Golgi apparatus)で見られる硫酸転移酵素の組み合わせは細胞質のものとは違い、細胞から排出されるタンパク質や炭水化物にスルフリル基を付加している。これら酵素は細胞質のものより対象が大きいため、より大きな活性部位を持っている。これらの酵素は非常に特異で、タンパク質や炭水化物の分子配列中に独特なスルフリル基のコードを作り出している。上図右上に示した酵素(PDBエントリー 1t8u)は、細胞と細胞の間に見られる巨大な炭水化物ヘパリン(heparin)にスルフリル基を付加する。ヘパリンについたスルフリル基の配置を変えることによって、分子を溶けやすくするだけでなく、100種類以上のタンパク質との相互作用を制御している。

例外的な酵素

ほとんどの硫酸転移酵素はスルフリル基の源としてPAPSを使うが、生物学を研究しているとよくあるように、この場合にも例外がある。上図下に示した細菌の硫酸転移酵素(PDBエントリー 3ets)は、p-ニトロフェニル硫酸(p-nitrophenylsulfate)などのPAPSとは別の運搬体から対象へとスルフリル基を転移する。この酵素は細菌の細胞壁(cell wall)を形成する2つの膜の間にある周辺腔(periplasmic space)で見られるものである。この酵素の正確な機能は分かっていないが、細胞間通信に使われる様々な硫酸化された分子にとって重要なのかもしれない。

硫酸の捕獲

左:酵母のATPスルフリラーゼ(PDB:1g8h) 中央:アオカビのAPSリン酸化酵素(PDB:1m7g) 右:ヒトのATPスルフリラーゼ+APSリン酸化酵素(PDB:1xnj)

硫酸塩(sulfate)は食物中に硫酸イオン(sulfate ion)としてよく見られるが、これは硫酸転移酵素によって使われる前にPAPSへ取り込んでおかねばならない。2つの酵素がこの仕事を行う。まず、ATPスルフリラーゼ(ATP sulfurylase)が硫酸塩をアデノシンヌクレオチド(adenosine nucleotide)へと付加し、続いてAPSリン酸化酵素(APS kinase)がホスホリル基(phosphoryl group)を追加してPAPSが作られる。細菌や酵母(yeast)では、これらの反応は2つの別々の酵素によって行われる。上図左には酵母のATPスルフリラーゼ(PDBエントリー 1g8h)を、中央にはアオカビ(Penicillium mold)のAPSリン酸化酵素(PDBエントリー 1m7g)を示す。一方私たちの細胞では、この2つの酵素が融合して1つのタンパク質鎖となっている。上図右(PDBエントリー 1xnj)にその様子を示す。

構造をみる

左:PAPSと結合したマウスの硫酸転移酵素(PDB:2zyv) 右:反応中間状態にある細菌の硫酸転移酵素(PDB:3ets)

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対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

ほとんどの硫酸転移酵素はPAPSから対象分子へとスルフリル基を転移する。PAPSはこの仕事を行うには非常に便利な分子である。というのも、PAPSは活性化された型のスルフリル基を持っている上、酵素が活性部位で容易に認識し結合するリン酸基も持っているからである。上図左に示した構造(PDBエントリー 2zyv)は、マウス(ハツカネズミ)の硫酸転移酵素に結合したPAPSに、スルフリル基を受け入れる準備ができている2つの分子を伴ったものである。右に示した細菌の酵素はこれとは異なった機構を用いる。こちらは2段階かけて反応を行う。ひとまず、スルフリル基がフェノール輸送体(phenol carrier)から酵素内にあるヒスチジン(histidine)アミノ酸へと転移され、その後酵素から対象分子へと転移される。この構造(PDBエントリー 3ets)はこの過程の途中の状態にある酵素をとらえたもので、スルフリル基がヒスチジンに付加されている。

硫酸転移酵素のアミノ酸とPAPS、あるいはその他のリガンド分子との相互作用を見るのに「Ligand Explorer」が利用することができる。例を見るには次項を参照して欲しい。

文中に登場するPDB IDをクリックして表示されるPDBj検索結果の「Sequence Neighbor」ページで、β-セクレターゼと似た配列を持つエントリーの最新リストを見ることができる。

Ligand Explorerで見る

硫酸転移酵素とp-ニトロフェノールの相互作用の様子(PDB:2zyv)

上の画像をクリックすると、Ligand Explorerによる対話的操作のできる画面が別窓で開きます。

この硫酸転移酵素の活性部位には、水素結合(hydrogen bonds、紫色の点線)と炭素原子間の疎水的相互作用(hydrophobic interaction、緑色の点線)によって p-ニトロフェノール(p-nitrophenol)が結合している。PAPSから転移されたスルフリル基が上部に、次のp-ニトロフェノール分子が下部に見える。上図は「Ligand Explorer」を使って作成したものである。このPDBファイルにはいくつかのリガンドが含まれている。PAPS分子は「PPS」、2つのp-ニトロフェノール分子は「NPO」、数個のグリセロール(glycerol molecule)分子(タンパク質結晶化に使われる)は「GOL」でそれぞれ記述されている。このプログラムを使って、タンパク質とこれらの低分子との相互作用について見てのに挑戦してみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBには多数の細胞質に存在する硫酸転移酵素の事例が登録されています。Ligand Explorerを使って基質特性の違いを説明する活性部位の相違点を探してみてください。
  2. 多くの硫酸転移酵素の活性部位は、柔軟なタンパク質の環で覆われたタンパク質の内側に埋まっています。この柔軟な環は多くの場合構造が定まらず(disordered)、通常は基質が活性部位に結合した時にだけ見えることに注意してください。

参考文献

文中に登場する構造について記した文献の概要を読むには、各PDB IDをクリックし、「Primary Citation」にあるPubMedまたはDOIのリンク先に進めばよい。以下に一般的な文献の情報を示す。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2009年8月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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