112: Oct・Sox転写因子(Oct and Sox Transcription Factors)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
Oct1(上部・青)、Sox2(下部・水色)、DNA(橙・ピンク)複合体(PDB:1gt0)

1個の細胞から完全なヒトが発生することは生命の大いなる奇跡の一つである。ヒトの卵細胞にはタンパク質をコードする遺伝子が約30,000種含まれている。そのうち約3,000種は転写因子(transcription factor)をコードする遺伝子である。転写因子は遺伝子のON/OFFする時を決め、胎児(embryo)の発生に関わる様々な過程や、生後各細胞によって行われる様々な仕事を調整する。驚くべきことに、10個の遺伝子につき1個しか転写因子は存在せず、このことは一つの問題を提起する。どうやってこの限られたタンパク質で調整が必要な多くの遺伝子や過程を制御しているのだろうか?

組み合わせ制御

この質問に対する答えの一つは、ゲノム中の転写因子結合部位を見ることで見つかるかもしれない。私たちの細胞内にある通常の遺伝子は前後に多くの制御領域を持っていて、時にはその幅が10万塩基対にもおよぶ。また、制御領域は遺伝子の途中にあることさえある。これらの領域は遺伝子発現の増加、停止、遮断、促進など様々な方法で役割を果たす。各遺伝子は様々な転写因子の組み合わせによって制御されるが、この転写因子は、常に遺伝子を発現するかどうかについて合意を形成して制御を行っている。

経路の選択

Oct4とその補因子(cofactor)のSox2は、胎児の発生において最初の決定を制御する転写因子群の中心となる存在である。Oct4は胎児の幹細胞に存在する転写因子で、細胞が分裂し分化し始めると発現量は低下する。Oxt4は幹細胞状態の維持に必要であることから、発生の「門番」(gatekeeper)と呼ばれている。ここに示したPDBエントリー 1gt0の構造は、Oct4に似たDNA結合部位を持つタンパク質Oct1(図下部にある水色の分子)とSox2(図上部にある青色の分子)が短いDNAの断片(橙色とピンク色の分子)に結合したものである。

再プログラミング

残念ながら、幹細胞が神経細胞、皮膚細胞など分化する種類を一旦選択してしまうと、通常はその選択をくつがえして再び幹細胞に戻ることはできない。しかし、もしそれができるのであれば、非常に役に立つことだろう。例えば、糖尿病(diabete)患者から少しの皮膚細胞を採取し、インスリン(insulin)を作る膵臓細胞(pancreatic cell)に変えることを想像してみて欲しい。最近、研究者たちはOct4とSox2を使ってこの素晴らしい目標に向けての第一歩を踏みだした。これらタンパク質の遺伝子を、他の何種類かの転写因子と共に皮膚細胞へ追加することによって、様々な他の種類の細胞を作ることができる「多能性」幹細胞("pluripotent" stem cell)へと再プログラムすることができたのである。

集団効果

上:c-Mycタンパク質(水色)・Max(青)・DNA複合体(PDB:1nkp) 下:Klf転写因子(PDB:2ebt)

皮膚細胞などを再プログラムして幹細胞にするには、Oct4信号の作用を受けなければならない多くの遺伝子へ信号中継を行うヘルパータンパク質が必要である。ここに示す2つのタンパク質、c-Myc(図上、水色の分子)とKlf4(下)は、最初にうまくいった再プログラム実験で用いられたものである。c-Myc(PDBエントリー 1nkp)のDNA結合部位には、タンパク質Max(青)と共に小さなDNA断片が結合している様子が示されている。Klf転写因子(PDBエントリー 2ebt)のDNA結合部位は、3つのジンクフィンガードメイン(ジンクフィンガー domain)で構成されている。

構造をみる

左:FGF4促進因子DNAに結合するOct1とSox2(PDB:1gt0) 右:Hoxb1制御配列に結合するOct1とSox2(PDB:1o4x)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

組み合わせ制御では、いくつかの転写因子が協同して遺伝子に結合して制御を行うことで、同じタンパク質を異なる方法で使うことができるようにしている。ここに示すのはOct1とSox2が、2種類の異なる制御DNAに結合した構造である。左に示すPDBエントリー 1gt0では、2つのタンパク質がFGF4促進因子DNAに結合し、タンパク質は全体およびSox2の尾部で弱く相互作用する。右に示すPDBエントリー 1o4xでは、一緒になってHoxb1制御配列に結合し、より強力な相互作用を形成する。このようにして、DNA結合部位を異なる空間配置にすることによってOct・Sox複合体の結合強度を制御することができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. Nanog や Lin-28などを含む他の様々な転写因子が、再プログラミング細胞のためOct4とSox2と共に用いられてきました。これらタンパク質のDNA結合部位の構造もPDBに登録されています。このページで示した転写因子との共通点、相違点が何なのか分かりますか?
  2. 多くのDNA結合タンパク質は結合の際、DNA分子を曲げます。そのような事例を他にPDBから見つけることができますか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2009年4月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

	{
    "header": {
        "minimamHeightScale": 1.0,
        "scalingAnimSec": 0.3
    },
    "src": {
        "spacer": "/share/im/ui_spacer.png",
        "dummy": "/share/im/ui_dummy.png"
    },
    "spacer": "/share/im/ui_spacer.png"
}