110: オーキシンとTIR1ユビキチンリガーゼ(Auxin and TIR1 Ubiquitin Ligase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

TIR1ユビキチンリガーゼ(PDB:2p1p)上部中央にある緑の分子は天然オーキシンのインドール酢酸(IAA)

植物は動物と同じ様に、異なる細胞間で化学的な信号を伝えるホルモン(hormone)を持っている。チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)と彼の息子は1世紀以上前にこのことを発見した。彼らは草の芽の先端に光を当てると、茎が曲がって草全体が光の方向に向かうことに気づいたのである。これはある信号が、何らかの方法で先端から茎へと送られたことになる。また樹木をより良く茂るように剪定する時に、植物のホルモン信号による働きを目にしているかもしれない。これは植物ホルモンの行き来を変更していることになる。これらの作用は植物ホルモン(phytohormone)のオーキシン(auxin)によって引き起こされる。

植物の様式決定

オーキシンは植物の先端にある細胞で作られ、植物の残りの部分へと輸送される。これは植物の生命に欠かせないもので、これを奪うとすぐに植物は死んでしまう。オーキシンは、葉の茎への適切な配置や光と重力への反応など様々な機能を制御している。例えば、オーキシンは植物の枝分かれを制御している。成長している植物の先端を切り落とすと、オーキシンの主要源が取り除かれてオーキシン濃度が低下し、残りの部分はまっすぐ成長せず枝分かれする。

オーキシンの作用

オーキシンがもたらす根本的な効果は、細胞の分裂、伸長、分化に関する遺伝子群の制御である。ところがオーキシンは、これら遺伝子の抑制や活性化を直接行っている訳ではないようである。というのは、オーキシンがより回り道をする機構を使っているからである。オーキシンはここに示したTIR1ユビキチンリガーゼ(TIR1 ubiquitin ligase、PDBエントリー 2p1p)などのユビキチンリガーゼのグループに属する酵素に結合する。この酵素はユビキチン/プロテアソーム機構(ubiquitin/proteasome system)によるタンパク質の破壊を助ける。オーキシンはユビキチンリガーゼに結合し、Aux/IAAタンパク質と呼ばれる一連の制御タンパク質に対してユビキチン化を促す。Aux/IAAタンパク質が破壊されると、一連のオーキシン反応因子(auxin response factor、ARF)が直接遺伝子と相互作用する。

商用利用

オーキシンは植物成長を調整する商用園芸に使われる。主なオーキシンであるインドール酢酸(indoleacetic acid、IAA)は市販用途としては安定性が足りないが、他に効果的な代替品が多数存在する。例えば、合成オーキシンを果樹にふきかけて果実が落ちるのを遅らせ、より大きく甘い実をつくることができる。また合成オーキシンを大量に使うと、主に広葉植物を死滅させるが草にはそれ程影響しないという効果的な除草剤となる。こうして、穀物、サトウキビ、芝生に混じる雑草を取り除くのに使われている。さらに、まとめてオレンジ剤(Agent Orange)と呼ばれている2種類の合成オーキシンが、ベトナム戦争において大量の落葉効果のために使われた。この除草剤に混入していたダイオキシン(dioxin)が、ベトナム戦争を経験した軍人の健康問題に影響している。なお、天然オーキシンのIAAおよび合成オーキシンの認識についてプロテオペディア(英語)で詳しく見ることができる。

オーキシンの保存

オーキシン結合アミノ脱水酵素(PDB:1xmb)中央付近の青い分子は活性部位に結合した水分子。

オーキシンの濃度は植物内で厳密に制御されている、というのも非常に多くの重要な役割を果たしているからである。植物がオーキシン濃度を制御する1つの方法は、必要になるまで不活性型分子にして蓄えておくというものである。オーキシンは通常アミノ酸や糖に付加され、必要になると速やかに切り取られる。ここに示した酵素はPDBエントリー 1xmbのオーキシン結合アミノ脱水酵素(auxin-conjugate amidohydrolase)で、オーキシンに付加されたアラニン(alanine)アミノ酸を切り取る。活性部位は図上部の深い溝の中にある。この酵素は恐らく2つの金属イオンを反応で用いている。ここに示した構造では2分子の水(青)がその場所に結合しているのが見える。

構造をみる

TIR1ユビキチンリガーゼ(青)にオーキシン(緑)とAux/IAAタンパク質(赤紫)が結合したもの(PDB:2p1q) 右図はAux/IAAタンパク質結合部位付近を拡大したもの。

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オーキシンがユビキチンに結合した構造によって別の驚くべきことが分かった。オーキシンは、Aux/IAAタンパク質がリガーゼに結合するのを促してそれらの破壊を導くが、タンパク質の形を変えることでこの仕事を行っている訳ではない。そうではなく、2つの分子の間に架橋する分子のりとして働くのである。オーキシンはユビキチンリガーゼの深い窪みの中に結合して穴を埋め、Aux/IAAタンパク質に完全に合致した表面を作り出す。ここに示した構造(PDBエントリー 2p1q)では、オーキシン(緑) がリガーゼ(青)に結合した複合体の上にAux/IAA由来の短いペプチド(赤紫)が重なっている。

理解を深めるためのトピックス

  1. オーキシンは酸性基部分と芳香族インドール環とで構成されています。どのようにしてこれらの化学基はTIR1ユビキチンリガーゼの活性部位によって認識されるのでしょうか?
  2. オーキシン結合タンパク質1(auxin-binding protein 1)にオーキシンが強く結合したタンパク質の構造がPDBに登録されています。このタンパク質も、オーキシンを結合部位で認識するのに似た一連のアミノ酸を使っているでしょうか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2009年2月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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