103: デングウイルス(Dengue Virus)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

デングウイルスのエンベロープタンパク質(上:120量体 PDB:1k4r、下:酸性条件下での別構造3量体 PDB:1ok8)

デングウイルス(Dengue virus)は、熱帯地方において健康を脅かす主因となっているウイルスである。このウイルスは熱帯地方にだけみられるものだが、それは熱帯性の蚊によって伝搬されることによる。このように地域が限られているにも関わらず、毎年5000万〜1億人が感染している。ほとんどの感染者はひどい頭痛、発熱、紅斑が1〜2週間続くデング熱を経験する。但し、ウイルスは循環器系を弱らせ、致命的な出血を引き起こすこともある。研究者たちは現在積極的にウイルスを研究し、感染の治療薬や、感染を予防するワクチンの開発を目指している。

デングウイルスのゲノム

デングウイルスはゲノムを1本鎖RNAで持つ小さなウイルスである。ゲノムにコードされているタンパク質はたったの10個である。そのうち3つは構造タンパク質で、ウイルスを包みRNAを標的の細胞へと運ぶ。あと7つは非構造タンパク質で標的細胞に入ってから協同して新しいウイルスを作り出す。右図上に示したのはPDBエントリー 1k4rから得られた最も外側の構造タンパク質で、エンベロープタンパク質(envelope protein)と呼ばれるものである。ウイルスは脂質膜で包まれ、その外側に180個の同じエンベロープタンパク質が短い膜貫通断片を介して付加されている。エンベロープタンパク質の役割は標的細胞の表面にくっついて感染過程を開始することである。

致命的スイッチ

ウイルスが感染型である時は、エンベロープタンパク質がウイルスの表面で平らに並んで、正二十面体の対称性を持った滑らかな包みを形成する。ところが、ウイルスが細胞やリソソーム(lysosome)に運び込まれると、酸性環境によってタンパク質は別の形に変わる。右図下に示したPDBエントリー 1ok8の構造は、3つの分子が集まってくぎ状になったものである。このくぎの先には明るい赤で示した疎水性アミノ酸があって、これがリソソームの膜に差し込まれ、ウイルスの膜とリソソームの膜が融合する。その結果RNAが細胞内に放出され、感染が始まる。インフルエンザウイルスの表面にある赤血球凝集素タンパク質も似た役割を持っているが、その機構は全く異なっている。

デングワクチン探し

デングウイルスワクチンの開発は難しいことが分かっている。理由の一つは、デングウイルスには4つの主要亜型があって、それぞれウイルスタンパク質が少しずつ異なっていることによる。致命的出血は、そのうちの一つの亜型に感染し、その後別の亜型に感染した時に起こると現在では考えられている。最初の感染によって得られた抗体と免疫は、別の亜型の感染を手助けしていて、全ての亜型に対する免疫とはならないことが明らかになっている。このことは、有効なワクチンは同時に4つの亜型に対抗する抗体の産生を促す必要があることを意味するが、その偉業はまだ達成されていない。

新たなウイルス作り

左:メチル基転移酵素とポリメラーゼ(PDB:1l9k、2j7w) 右:タンパク質分解酵素とヘリカーゼを含むNS3(PDB:2vbc)

デングウイルスは一旦細胞内に入ると、新しいウイルスを作るためのタンパク質も作る。上図には、その中で主なものを2つ示した。どちらも複合機能タンパク質で、いくつかの酵素を一緒にしたものである。上図左に示したのはPDBエントリー 1l9kとPDBエントリー 2j7wから得られた NS5 で、これにはメチルトランスフェラーゼ(メチル基転移酵素、methyltransferase)とポリメラーゼ(polymerase)が含まれる。一方上図右に示したのはPDBエントリー 2vbcから得られた NS3 でタンパク質分解酵素とヘリカーゼを含む。いずれの酵素もそれぞれ異なる生活環の段階を司っている。ポリメラーゼはウイルスRNAに基づいて新しいRNA鎖を作り、ヘリカーゼはこれらの鎖を分離するのを助け、メチル基転移酵素はメチル基を鎖の末端に付加し、細胞のリボソームにうまくウイルスのタンパク質を作らせるようにする。ウイルスのタンパク質は1本の長いポリタンパク質鎖として作られ、最終的にはタンパク質分解酵素によって機能単位へと切り離される。青で示した短い鎖は、他のウイルスタンパク質 NS2B の一部で、これはタンパク質分解酵素活性を手助けしている。

構造をみる

180個のデングウイルスエンベロープタンパク質(白)表面に120個の抗体Fab断片(青)が結合したもの(PDB:2r6p)

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クライオ電子顕微鏡(低温電子顕微鏡)は、デングウイルスの生活環について様々な観点から研究するのに用いられてきた。これらの構造は、まず電子顕微鏡によって得られたウイルスの低分解能の画像(原子を見るには十分ではない)を用い、それに個々の断片の原子構造を当てはめて最終的な構造模型を作ったものである。ここに示したのは PDBエントリー 2r6p のもので、ウイルスの表面にあるエンベロープタンパク質(白)にたくさんの抗体Fab断片(青)が結合している状態を示している。研究者たちはこの構造をよく見て、抗体がエンベロープタンパク質の並びをゆがめ、感染時の通常作用を阻害していることを発見した。PDBには、別のデングウイルスの構造も登録されており、未成熟型のウイルス構造(例:PDBエントリー 1n6g)やウイルス被膜の一部がエンベロープにかかっている構造(例:PDBエントリー 1p58)などを見ることができる。

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理解を深めるためのトピックス

  1. デングウイルスは180個のエンベロープタンパク質で囲まれています。他にも同じタンパク質が集まってできたカプシドによって囲まれたウイルスはたくさんありますが、そのタンパク質数は60の倍数(180、240、420など)であることがよくあります。これらの数は何を意味しているのでしょうか?それぞれの事例をPDBから探してみてください。
  2. デングウイルスはフラビウイルス科(Flaviviridae family)に属するウイルスで、マダニや蚊によって広められます。この科には他に、黄熱病ウイルス(yellow fever virus)や西ナイルウイルス(West Nile virus)も属しています。PDBにある構造を見て、これらのウイルスが作るタンパク質もデングウイルスのものと似ていることを確かめてみてください。
  3. デングウイルスは感染した細胞の細胞質で複製を行い、細胞の核には入りません。これによって起こりうる問題が何なのか、そしてその問題をどのようにして10種しかないウイルスタンパク質を使って解決しているのか分かりますか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献は以下の通りです。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2008年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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