100: アドレナリン受容体(Adrenergic Receptors)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
アドレナリン受容体(PDB:2rh1)

私たちの体には様々な防衛機構が備わっている。その一つである免疫機構は、体内をパトロールして、ウイルスや細菌に感染していないかを見回っている。また血液は、体が損傷を受けたことを察知すると血栓を作って損傷部位を塞ぐための分子で満ちている。神経機構は、危険な事態が起こった時に反射的に防御できるように全身に配線されている。これらの防御機構は、差し迫った危機によって驚いたりおびえたりした際、全身をかけめぐるエネルギーの流れを感じることで、多くの人がおそらく経験していることだろう。これは、「flight-or-fight(逃避か攻撃か)の応答」と呼ばれているものであり、私たちの体は、さまざまな仕組みを使って、危機から脱出するか、留まって戦うか、どちらかの防御態勢をとろうとするのである。

反応の流れ

低分子ホルモンの一つアドレナリン(adrenaline)はエピネフリン(epinephrine)とも呼ばれており、各細胞に対して危機に備えるよう伝える役割を担っている。アドレナリンは腎臓のそばにある副腎から血液中へと分泌され、全身の細胞へと運ばれて、細胞の表面にあるアドレナリン受容体によって検知される。アドレナリン受容体がアドレナリンによって刺激されると、細胞内のGタンパク質に信号が伝達される。さらにGタンパク質から、他の様々な信号伝達酵素(アデニリルシクラーゼなど)に信号を伝わり、信号が増幅されて細胞全体に信号が広がる。

攻撃の検知

身体にアドレナリンが流れ込んだ時、すべてのエネルギーを迫り来る危険に集中させる。心拍数の上昇、血糖値の上昇などの防御機能を活性化する一方で、消化などの通常の生命維持活動は一時的に停止し、突撃に備える。この反応においては、アドレナリンに対し、細胞の種類によって異なる反応をする必要がある。心臓の細胞は活性化される必要があるが、消化器系の細胞はその活動を休止する必要がある。この種の受容体を統括するために、ヒトの細胞は少しずつ役割の異なる9種類のアドレナリン受容体を作り上げた。上図に示すのは、その中の一つであるβ2アドレナリン受容体(PDBエントリー 2rh1)で、細胞を刺激してエネルギー生産と利用の増加を促す。一方他の型のアドレナリン受容体は阻害的に働き、エネルギーの利用を抑制する。このどちらかの型を発現させることにより、アドレナリンに対する反応を目的にあったものとなるようにして、危機に備えているのである。

どこにでもある受容体

アドレナリン受容体(左 PDB:2rh1)とロドプシン(右 PDB:1f88)の膜貫通部位

上図はPython Molecule Viewerで作成しました。

アドレナリン受容体は、Gタンパク質結合受容体(G-protein-coupled receptor)と総称される互いに類似した大きなタンパク質グループの一員であり、GPCRと略記される。 GPCRはヒトの健康維持において、重要な役割を担っている。様々な種類があり、ヒトのゲノムには味覚や嗅覚に関する数百種の受容体も含めると1000種近くあるのではないかと推定されている。フルオキセチン(fluoxetine、商品名 プロザック Prozac、抗うつ薬)、ロラタジン(loratadine、商品名 クラリチン Claritin、抗アレルギー薬)、セルトラリン(sertraline、商品名 ゾロフト Zoloft、抗うつ薬)などの広く利用されている多くの薬物は、これらのGPCRに結合して薬効を発揮している。ところがGPCRは膜の中に埋まっていることが多く、研究は非常に難しい。長年、このグループで構造が分かっているのはロドプシンだけであり、他の受容体に関する研究の多くはロドプシンを出発点として行われてきた。 GPCRグループの各受容体はどれも似ているため、そのやり方は有効な方法であった。各受容体は、蛇のように膜を行き来して7回膜を通過する1本の鎖からなるという共通の構造を持つ。そのため、これら受容体は曲がりくねった受容体(serpentine receptor)と呼ばれることもある。ここに示したGPCRに属する2つのタンパク質〜アドレナリン受容体(PDBエントリー 2rh1)とロドプシン(PDBエントリー 1f88)の構造から、その曲がりくねった鎖の状態が確認できる。

構造をみる

リゾチームを挿入したアドレナリン受容体(PDB:2rh1)

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抗体に結合したアドレナリン受容体(PDB:2r4r)

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アドレナリン受容体の構造を解明するために、普通の研究方法ではない新しい手法が必要であった。アドレナリン受容体は、通常、細胞膜に埋もれているため、純粋な形で結晶化するのは難しかった。そのため、2つのグループがそれぞれ異なる対処法を取った。一方は、PDBエントリー 2rh1(上図左)で報告されているもので、鎖の途中にリゾチームを挿入している。この融合タンパク質は通常通り折りたたまれ、リゾチームは受容体の下にぶらさがっている。もう一方の事例は、PDBエントリー 2r4r(上図右)で報告されているもので、受容体に結合する抗体を見いだし、受容体と抗体の複合体として結晶化されたものである。どちらの事例も、他のタンパク質が存在することで形成されるタンパク質間相互作用によって結晶構造が安定化している。

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アドレナリン受容体についてさらに知りたい方へ

以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2008年4月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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